第三章 謊言與謊言

第三章 謊言與謊言

「變冷了呢」

「也是呢。外面正在換季吧」

「冬天要來了嗎?」

「再一陣子、大概」

「聖誕節、也要待在這裡嗎?」

「……嗯」

「聖誕老公公、今年也回來的吧?」

「……可能有點困難」

「希望能來呢」

「想對聖誕老公公許什麽願呢?」

「……有好多。全部、都能實現嗎?」

從以前開始。

因爲是從以前開始持續著的,所以自覺已經被削弱到幾乎沒有了。

就如預定好般,我的生活被其他的東西摻雜著。

這三週沒什麽可抱怨的。能回想到的只有事情的斷片,其構成成分只是平凡的日常。既沒有可以誇耀的好事、也沒有必須嘆氣的壞事發生。

被麻由呼為騙子之後,打著補償的旗號被強求一週不上學去約會;在麻由貪睡的時候跑去治療,結果和醫生聊漫畫聊到花都謝了之後回家太晚惹麻由生氣;早上想辦法把麻由拖下床拉去學校時卻因爲換裙子的時候被誤會結果閙了半天最終還是沒去成。

一邊說著這些,卻無法擺脫對記住這些無聊事情的自己的灰心。嘛這也是沒辦法的,畢竟斤斤計較就是我的性格。

之後和浩太君他們玩、菅原率領的劍道部在大會上取得了好成績、無視定期發行規則的學生會信大量增印、第九位犧牲者出現。在這些日子結束之後,呼叫我的電話聲在沒有主人的房間内響起。

代替麻由拿起話筒,按下了通話鍵。

「喂?這裡是御園家。」

「啊、你好。聽這個聲音不是御園麻由吧、是我期待的『道先生』吧?」

「……不好意思、您是哪位?」

「我是上社奈月、作爲微不足道的小警察,也是道先生最喜歡的戀日醫師的好朋友喲」

哦哦、這個人就是傳説中的刑警啊。……原來如此。

「那麽、果然是道先生吧?」

「如果是呢」

「果然就是大騙子道先生吧。終於聯係上你了。」

「別把我當笨蛋。這裡又不是偏遠地區。」

「不敢不敢、只是從前幾天就一直被一位優秀的女性掛電話所以」

「哦哦、那是我妻子。因爲我交待過如果接到怪人的電話一定要毫不留情的掛掉」

「夫人的慣用台詞就是『明天之前請去死吧』嗎?」

「不對、是『你已經可以去死了』」

「真是通情達理的夫人呢,值得敬佩。說起來道先生、要不要和我私通啊?」

「時機不錯呢」

「真是人類公敵呢,跟雞糞差不多。那就把你列爲三號候補了」

「我一定永遠缺號的就不用客氣了」

「你真特別呢、到底是像誰呢?」

「聽説和鄰居的孩子很像呢」

「真是很棒的傳言呢。差不多也是時候承認了吧不然我要用不敬罪強制逮捕你了哦」

「真是的上社警官,就算DNA不一樣還是會把父親當作daddy的我」

「這下要把我惹怒了喲」

「明明自己在笑還這麽說」

「那我要睡道先生的女人」

「真恐怖」

「具體說的話就是宅配員的心跳作戰。成功率是大聯盟的等級喲」

「這樣的話我會先提醒妻子別理你的」

「不帶這樣的、道先生。那麽後天我會來拜訪。踫到小麻還想和她談談這樣可是一箭雙雕呢」

「……我明白了、那我就回應上社警官的熱情吧。不過、要對我妻子保密」

「這麽說如果沒露餡就不是外遇了」

「說起來上社警官、我們要在哪裡見面呢?」

「真是原始的搭訕方式啊」

「不對不對、我這可是不論何時都能另聽者記憶深刻的美聲啊」

「嗯嗯、我也是這麽認爲。第一次聽到的時候就很喜歡了」

「戀聲?那你可要小心電話購物了」

「在哪裡見面呢?」

「陰暗的地方」

「了解了、那麽那麽」

對話中斷。

兩秒之後響起嚴肅的聲音。

「小麻家最近的那家超市三樓的咖啡店。週末11點」

「……車站前的地方呢、明白了。那麽就先這樣」

放下了話筒。

「真是的」

下週開始就是修學旅行了,每次都這樣。

我好像沒有把事情好好辦成的運氣呢、一次都沒有。

掛上電話之後打開了和室的門。就像是秋冬的交界般室内的溫度一下降了下去。

「啊、歡迎回來」

「……回來啦」

在那房間内是很自然地待在那裡的兩人,從漫畫中把視線抬起來跟我打了招呼。在身旁堆積的是我從醫生那裡借來的漫畫。我答應了一聲,關起門然後坐了下來。

拿起手邊的一本漫畫,隨意的翻開。就在閲讀這頁的片刻,比起外界的情報我變得在意起内裡的思考面。簡單來説就是在沉思。

上社奈月,刑警。小時候想要成爲偵探。不知道是騙人還是真實的感覺。醫生的同級生,也就是今年三十一歲。除了這些就沒有其他情報了。還有的就是,醫生說的『和你有點相似』。

嘛、從月球上眺望地球也看不到人類的、所以要判斷我們是否相似也是很困難的。但是根據之前取得的第一印象,肯定是個麻煩的傢伙。

週末就要在咖啡店和如此好的對手碰頭。能從那裡發現點什麽的話就好了。

「大姐姐在睡覺嗎?」

隨著浩太君的聲音切換了思緒。雙手把漫畫合上回答。

「嗯、爲了向班導抗議呢」

小杏子把臉擡了起來、歪著腦袋。最近偶爾會露出天真地一面。

「修學旅行的時候因爲想要和我住在一間。被告知不行卻沒有聽從就這樣回來了」

僕が去ったことにも、話し合いという名のわがままに夢中で気に留めていなかった。

「哦……。就這樣回來了?」

浩太君は意外そうな調子だった。

「感覺有點奇怪不是?」

「嗯。一直在一起的緣故吧」

杏子ちゃんが答える。浩太君も頷《うなず》き、僕としては「そうなんだけどね」と言うほかない。

「甘やかしすぎるのは良くないかなって」

マユは少しワガママが過ぎる。三週間の暮らしで、そんな面が目立ち始めた。

例えば僕が彼女の意見を聞き入れなければむくれ、彼女以外の人と会話すれば二人きりになった途端激怒《とたんげきど》で心が尖《とが》る。

マユにとって僕は、隷属《れいそく》の位置づけであることが最も望ましいということ。

「……まあ、いつまでも一緒《いっしょ》ってわけにもいかないしね。そのうち警察の御用になるし」

僕は犯罪者であり、いずれ裁《さば》きを受けることは確定しているのだから、マユには独力で生きることを学び直してもらわないといけない。

それは技能でも知恵でもなく、ただ享受《きょうじゅ》する覚悟《かくご》を養うこと。

「………………」

マユには、それが出来るほど心があるのかな。

それはそれとして、警察という単語に対して、浩太《こうた》君は心なしか申し訳なさそうに肩《かた》を落としている。杏子《あんず》ちゃんは所在なく視線を彷裡《さまよ》わせている。どうやら、この心根《こころね》の優《やさ》しい子達はお門違《かどちが》いの責任を感じているらしい。

「君達が気にすることじゃないよ。元々は……マユが、悪いんだろうなぁやっぱり」

そういえば、この誘拐《ゆうかい》の意義は何だろう。この疑問が脳を覆《おお》うのは常習的だけど、未《いま》だに本人に尋《たず》ね忘れている。保存性と会話内での優先度が低すぎる故《ゆえ》の喜劇だ。

「というか、君達はさあ……」

言葉|尻《じり》を濁《にご》す。後頭部を掻《か》いて自制した。

三週間だ。単純に、僕とマユが登校して家を空ける十五日間、彼らは自身の境遇を叫《さけ》ぶ機会があった。このマンションの設計思想を聞いてみれば、確かに防音対策は成されている。けど、マユが奇声《きせい》をあげる寝室《しんしつ》とは違《ちが》い、和室の位置はマンションの隣室《りんしつ》と壁《かべ》一つ隔《へだ》てているだけだ。つまり、この状況《じょうきょう》を打破することなど、指一本動かさずに成し遂《と》げることが出来たのだ。柱と彼らの足首を繋《つな》ぐ、金属の枷《かせ》は行動を遮《さえぎ》る職務を遂行《すいこう》せずただのファッションに成り、下がっているのか上がっているのか。

そんな彼らは、今も大人しく現状に甘んじている。

僕自身、彼らがそんな行動に出ないと根拠《こんきょ》なく判断して、対策も施《ほどこ》さなかったけれど。

理解に苦しむ誘拐事件だ。いや、誘拐犯の頭の中なんて、理解の余地があるはずもないか。

「あの、君達はなんでしょうか?」

浩太君の問いかけに対して適当に手を振《ふ》って、「何でもないよ」と打ち切った。

「不管怎麽說、犯罪就是要被制裁的。這是絕對的」

雖然說、是在承認犯罪的前提下。

認めさせなければいい、誰《だれ》にも。

それが出来なければ、公的に、或《ある》いは私憤《しふん》の下《もと》に、罰《ばっ》せられる。

有點像、八年前的那時候。

「…………………………」

大雑把《おおざっぱ》に計算して七万時間以上は経過しているのに、監禁《かんきん》生活の端《はし》から端まで、一切《いっさい》の記憶《きおく》に劣化《れっか》はない。

あの時より酷《ひど》い状況はきっと幾《いく》らでも存在するだろうけど、あの時より惨《みじ》めな気分は生涯《しょうがい》味わえない。

ああ、トラウマ除去装置を取りに宇宙の彼方へでも飛び立ちたい。

「ねぇねぇ」

杏子《あんず》ちゃんが、友達に接するように声をかけてきた。トラウマを宇宙の彼方へ飛ばした方が合理的なことに気付いてから、杏子ちゃんと向き合う。

「あのおねえちゃんを一人にしていいの?」

今は穴も塞《ふさ》がった、僕の中指の付け根を指さしてきた。

「いいとは言い難《がた》い」

意見を聞き入れられない腹いせに、上沼《かみぬま》先生に暴行を加える可能性。

マンションのエレベーターの階数を押す際に危惧《きぐ》した。上沼先生は生徒の進路にも、イジメ問題にも事なかれ主義を貫《つらぬ》く駄目《だめ》教師だけど、自身が傷害事件の被害《ひがい》者になれば、声を張り上げて訴《うった》えるだろう。そういう人だ。まあ二、三発なら殴《なぐ》っても合法だろうと錯覚《さっかく》するぐらい、人の神経を逆撫《さかな》でする大人ということ。

「不過沒問題的啦。那種程度的話、是吧」

たとえ暴力|沙汰《ざた》を引き起こそうと、彼女が精神を病《や》んでいるという事実は武器になる。入院覚悟《かくご》だけど、最悪、それも厭《いと》わない。マユを止める人問が側《そば》にいれば、独《ひと》りで生きることが出来なくても何とかなる。

杏子ちゃんが、人差し指をピッと立てた。

「然後、還有一個問題」

「喲、有名偵探的感覺」

僕の茶化しに疑問|符《ふ》を発しながらも、杏子ちゃんは言った。

「昨晚、你去哪裡了?」

眼球が内側より圧迫《あっぱく》された。一瞬《いっしゅん》、視界が濃霧《のうむ》に包まれる。

「それから、何日か前も外に出てったって、こーたが言ってた」

ぎぎ、と老朽《ろうきゅう》化の進んだ監視《かんし》カメラのようにぎこちなく首を振《ふ》った.浩太《こうた》君は不可思議ですといった様子に眉根《まゆね》を寄せている。

「ああ、ちょっと近所のコンビニへ」

虫|除《よ》けに扇風機《せんぷうき》が回っているコンビニへ、片道三十分かけて。

「コンビニでね、夜食の弁当を買って食べてた、育ち盛《ざか》りだから三十分に一回は食事するんだ」

更《さら》にごまかすために、即興《そっきょう》で思いついた話を口にした。

「バカと言った奴《やつ》がバカである。これを正しいとしよう。けどそれは、バカと言われた奴がバカではないということを証明してはいないんだ。つまり、バカと言われたバカがバカとバカに言い返すという、バカ祭りの状況《じょうきょう》を形作っているわけだ」

舌を噛《か》みそうになりながらも淀《よど》みなく言い終えた。脈絡《みゃくらく》のないバカ談義によって、二人の団栗眼《どんぐりまなこ》を毬栗眼《いがぐりまなこ》にして怪訝《けげん》な視線を尚更《なおさら》、頂戴《ちょうだい》した。胡散臭《うさんくさ》さを助長してどうする。

「……あー、旅行の準備しないとね」

そそくさと席を立とうとした。が、杏子《あんず》ちゃんが飛びかかるように身体《からだ》を伸《の》ばし、制服の裾《すそ》を掴《つか》んできた。

「あやしい」

そう言って、悪戯《いたずら》っぽく笑う。年相応の笑顔《えがお》は、マユに通ずる雰囲気《ふんいき》がある。

「全然|怪《あや》しくないっす。妖《あや》しくもねえっす。僕はね、自治会の会長の孫の同級生の部活仲間の友達だから、夜な夜な殺人犯を追いつめるべく巡回《じゅんかい》に当たってたんだ、嘘《うそ》じゃない」

「……おにいさんの嘘って分かりやすいですね」

誘拐《ゆうかい》犯の片割れとじゃれ合う杏子ちゃんを、一層伸びた髪《かみ》の奥から、微笑《ほほえ》ましそうに観賞する浩太《こうた》君。大切な妹に、僕が悪意を伴《ともな》う行為《こうい》に及《およ》ぶとは微塵《みじん》も考えが及《およ》んでいないのだろうか。心に沈着《ちんちゃく》していた毒気が抜《ぬ》かれそうだった。

無垢《むく》な信頼《しんらい》は、日焼けしすぎた肌《はだ》に触《ム》れられるかのように心を苛《さいな》む。

「呐、你的名字是?」

杏子ちゃんが、興味|津々《しんしん》とはまるで縁《えん》のない素面《すめん》でQしてきた。

「啊ー……我的?」

「除了你還有誰在」

「都沒有其它人嗎ー……」

一応、淡《あわ》い期待に縋《すが》って探してみた。体内の寄生虫が『名のらしていただこう』とか紳士《しんし》に助け船を出してくれたりしないかな。

「只是要你說出名字而已、怎麽了?」

Aする人が渋《しぶ》っているので、杏子ちゃんが急《せ》かしてくる。『ひ?み?つ』とか、殴《なぐ》られそうだったので、仕方なく正直者になってみた。

「我不怎麽喜歡、那名字。不但不像我、叫的人和被叫的人都會很不要意思的。所以不怎麽想告訴你們、抱歉啦」

毎日、湯で洗浄《せんじょう》した為《ため》か多少はべとつきの減退した髪《かみ》に手の平を載《の》せる。浩太君が「あんず」と呼びかけ、杏子ちゃんは「分かってる」と煙《けむ》ったそうに返す。「別に、すごく知りたかったわけじゃないし」と未練なく引き下がってくれたのでありがたかった。

一息つく。後ろ手を突《つ》き、天井《てんじょう》を見上げた。

「……旅行|鞄《かばん》でも引っ張り出して、準備しないと」

そういえば、旅行中は、この子達の処置をどうするか。足|枷《かせ》でも外してしまうか。食料さえ買い込んでおけば、来客には出ないように忠告して好き勝手暮らして……いやだから、ちょっと待て。もう僕は認めてるのか。それでいいのか。

既《すで》に誘拐ではなくホームステイになっている、と。

「……うーむ」

全《すべ》てが思惑《おもわく》から外れる。それはそれで愉快《ゆかい》なんだけどなあ。

それから三十分ぐらい後に、家主の帰宅に伴《ともな》う効果音が相次いで鳴り出した。

丁度僕が、杏子《あんず》ちゃんと頬《ほお》を掴《つか》んで引っ張り合いながら、深遠な哲理《てつり》について熟慮《じゅくりょ》していた頃。

ドスドスと、床《ゆか》を踏《ふ》み抜《ぬ》く気概《きがい》さえ伝わってくる足音を引っ提《さ》げて、僕の背中まで到着《とうちゃく》した。

「おひゃえり、まーひゃん」

振《ふ》り向くと、少しは零《こぼ》れろよと思うぐらいマユは笑っていない。

子供みたいに頬《ほお》を膨《ふく》らませることもなく、眠《ねむ》っている時と同様の彫刻面《ちょうこくづら》だった。

マユの脳天気な声は室内に響《ひび》かず、僕は首根っこを掴《つか》まれる。そしてそのまま頬を掴む杏子ちゃんごと引っ張られた。不意の行動に反応しきれず、敷居《しきい》で頭をしたたかに打つ。ついでに杏子ちゃんも僕の胴体《どうたい》目がけて倒《たお》れ込んだ。肘《ひじ》が鳩尾《みぞおち》にめり込み、空気が肺から強制|撒去《てっきょ》される。

「あ、だ、大丈夫《だいじょうぶ》?」

杏子ちゃんが頬から手を離《はな》し、心配げに気遣《きづか》ってくれる。それに対し親指を立てて無事を示そうとしたら人差し指を起立させてしまい、全く大丈夫じゃない状態を顕示《けんじ》してしまった。不本意ながら口頭で「大丈夫」と告げた。

「ぐ、自分で歩くから離してけれ」

冗談《じょうだん》めいた懇願《こんがん》は無視されて、そのまま屋内引きずりの刑《けい》。段差で尻《しり》を打ち、襖《ふすま》に肘《ひじ》を打ち付けた。部屋を去り際《ぎわ》、妙《みょう》に名残惜《なごりお》しそうにしている杏子ちゃんと目線がかち合ったけど、かける言葉は僕の語彙《ごい》になかった。

リビングのテーブル付近で解放される。襟元《えりもと》を正しながら、仏頂面《ぶっちょうづら》のマユを座らせた。

「なに怒《おこ》ってるの」

分かりきっているのに、愚鈍《ぐどん》を装《よそお》ってみた。対するマユの返事はこうだった。

「何で駄目《だめ》なのか、全然分かんない」

言い終えると同時に鞄《かばん》を放《ほう》り投げた。鞄は丁度、電話の子機が置かれた棚《たな》に激突《げきとつ》し、その衝撃《しょうげき》で隣《となり》に飾《かざ》ってあった硝子《がらす》の球状の置物が飛び降り自壊《じかい》し、見事に半壊した。

「そりゃ、班《はん》分けは一ヶ月も前に決まってたからね」

憤《いきどお》るマユと正面で向き合う。

「担任を叩《たた》いたりはしなかった?」

「一ヶ月……。そうだよ、みーくんがもっと早くわたしのとこに来てくれてたら良かったんだよ!」

質問を無視して、理不尽《りふじん》な怒《いか》りを撒《ま》き散らしてきた。

……反論する気にもなれない。

「ごめん」と、頭を下げた。頭なんて、下げる考えるぶつける食べさせる程度にしか使用出来る用途《ようと》がない。機会があれば使っておくに限る。マユがそんなことで得心するはずもないけど。

ただこれ以上、不毛な話題を続けると気が滅入《めい》りそうなので、間が悪いことを承知で話を切り換《か》えてみる。

「明日は出かけてくるよ」

「わたしも行く」

理由も、場所も、目的も問わず、ただ僕に付いてくる。

そんな行動に、どんな価値があるというのか。

「一人で行く場所なんだ、まーちゃんは連れていけない」

針の視線が僕を穿《うが》つ。けれどマユを連れていくことは不可能だ。詳細《しょうさい》を包み隠《かく》さず報告することも、平和な毎日の為《ため》に出来るはずがない。警察の人と会うことを告げれば不安を煽《あお》るだけだし、年上のお姉さんと逢瀬《おうせ》を楽しんでくるなんて知られたらこの場で晒《さら》し首だ。

「一度、叔父《おじ》さんの家へ帰るんだ。それがまーちゃんと一緒《いっしょ》に暮らす為の約束だからね。夜までには戻《もど》ってくるよ」

一つ嘘《うそ》だけど。

「なんでわたしが一緒に行くのは駄目《だめ》なの?」

ぶすう、と頬《ほお》をむくれさせる。僅《わず》かに怒《いか》りを軟化《なんか》させた証《あかし》だ。

「喧嘩《けんか》になるから。叔母《おば》さんは僕がここで暮らしていくことに反対してるから。叔父さんも、表面上は理解者ぶってるけど本当は反対派だし」

これは本当だ。未来視の能力が不要なほど、確定|事項《じこう》だ。生涯《しょうがい》対面させたくない。

マユを膝元《ひざもと》に抱《だ》き寄せる。抵抗《ていこう》なく腕《うで》の中に収まったマユの髪《かみ》を慈《いつく》しむ。そして一本の茶髪《ちゃぱつ》を指で摘《つま》み、弄《もてあそ》ぶ。

「修学旅行さ、同じ部屋には泊《と》まれないけど、一緒《いっしょ》に遊んだりは出来るから」

他《ほか》に行動を共にするような人もいないし。ふはははは。

……笑えねぇって。

「一緒に暮らしてるんだから、我慢《がまん》、出来ない?」

背中を軽く、赤ん坊をあやすように叩《たた》く。冬服の出番が訪《おとず》れてようやく、長|袖《そで》の服装でも汗《あせ》をかかなくなったマユの匂《にお》いを鼻先で嗅《か》ぐ。お香《こう》代わりに焚《た》いても問題ない香《かお》りだ。

「……うん。我慢してあげる」

ワガママ少女の最大限の譲歩《じょうほ》だった。

ぎゅっと、僕の肩《かた》に顔を埋《うず》め、肩胛骨《けんこうこつ》あたりに手を回してくる。

そうして、暫《しばら》く無言で抱《だ》き合っていた。

十分ぐらいは、そのままだった。

「……よし、じゃあ掃除《そうじ》でもしようか」

美化委員の意識が硝子《がらす》の後始末を主張していた。マユを床《ゆか》に置いて立ち上がろうとすると、

「わたしがやる」

「いや、危ないから僕がやるよ」

「いいの!みーくんは寝《ね》てなさい!」

綺麗《きれい》好きなのに掃除《そうじ》と整頓《せいとん》を嫌《きら》うマユお嬢様《じようさま》が意気|揚々《ようよう》と、キッチンへ小走りに向かっていった。途中《とちゅう》で転《こ》けたか、壁《かべ》に肘《ひじ》でも打ったか鈍《にぶ》い音がして、その数秒後には舞《ま》い戻《もど》ってきた。

手には、竹の長箸《ながばし》と皿。その箸で、ガラスの破片を拾い始めた。

遠近感のないマユは、大きめの破片を拾い上げるにも二度手間を要していた。

「手伝おうか?」

「にゃー!」

威嚇《いかく》されたので、直接拾わないように、とだけ注意をしておいた。

そして、その場で大の字に寝転《ねころ》んだ。

木造の床《ゆか》は硬《かた》く、冷気を帯びていた。

妙に心地良い。

安っぽい電灯《でんとう》の取り付けられた天井《てんじょう》を眺《なが》めながら、思いは巡《めぐ》った。

嘘《うそ》をついたことを考え、

上社奈月《かみやしろなつき》との邂逅《かいこう》を夢想し、

殺人の犠牲《ぎせい》者について想《おも》うところを探し、

全《すべ》てを追い出すように、瞼《まぶた》を下ろした。

背中に残留していたマユの手の温《ゐく》もりは、床の冷温に飲み込まれた。

之後來到了週日。

今天的天氣是豪雨。

見事な土砂降《どしゃぶ》りだった。

昼過ぎからは晴れ模様になると予報していたが、予報者本人も懐疑《かいぎ》的な物腰《ものこし》だった。

「ねぇ、今日行かなくても、いいじゃん」

珍《めずら》しく九時半前に早起きしたマユは、窓からの景色《けしき》を一瞥《いちべつ》して、そう提案した。

「……いや、旅行に行く前に一回ぐらいはね」

やんわりと断り、身支度《みじたく》を整えた。

マユは、神妙《しんみょう》な表情で佇《たたず》んでいた。

指定されたデパートまで徒歩《とほ》で四十分強の移動時間が見込まれる為《ため》に、十時を回り始めた頃《ころ》にはマンションを出る必要があった。マユから黒色の折《お》り畳《たた》み傘《がさ》を借り、玄関《げんかん》へ向かった。

「あ、ちょっと待って」

汚《よご》れの目立つ靴《くつ》を履《は》こうとした僕に、マユが待ったをかけてきた。

そして握《にぎ》っていた口紅を唇《くちびる》に塗《ぬ》りたくる。

首を傾《かし》げる僕を余所《よそ》に、ルージュを塗り終えたマユが頬《ほお》に吸い付いてきた。

ぎゅうう、と皮膚《ひふ》が剥《は》がれそうなぐらい。

「喂、會痛誒」

マユが唇を離《はな》す。そして吸い付いた部分を一瞥《いちべつ》し、満足げに微笑《ほほえ》む。

「不准擦掉哦」

「……口水也?」「不ー行」

僕の手を払《はら》い、手鏡を向けた。

マユの唇よりやや厚めのキスマークが、頬にペイントされていた。

ついでに、頬肉を伝って顎先《あごさき》に届いた涎も鏡は映している。

「……我出門了」

「嗯嗯ー」

被強制在世人面前展示羞恥、邊走出了房間。

駅前にあるデパートには、十時四十五分過ぎに到着した。

道路は水位が測れるほどの水|溜《た》まりを形成し、一歩|踏《ふ》み出した時点で靴下の爪先《つまさき》まで浸水《しんすい》していた。

しかしデパートといっても、田舎《いなか》の臭《にお》いが染《し》みついた建造物である。都会のビルが横に並べば苛《いじ》められっ子のように萎縮《いしゅく》してしまう程度の全長でしかない。

そんなデパートではあるけど、設置された雨避《あまよ》けの屋根の下には老若男女《ろうにゃくなんにょ》間わず人がわらわらと棲息《せいそく》し、集《たか》っていることに驚《おどろ》いた。

傘《かさ》の水切りを行ってから閉じて畳《たた》み、自動ドアをくぐり抜《ぬ》ける。陽気な楽曲に、天候と断絶した照明の輝《かがや》き、それと甘ったるい匂《にお》いが出迎《でむか》えてくれた。

入り口で傘にビニール袋を被《かぶ》せて、それから案内が記されたボードの前に立った。周囲を見|渡《わた》す。そこで、甘い匂いの発生源を知った。小麦または他《ほか》のでんぷんを水で練ってイーストを加えて醗酵《はっこう》させて工夫《くふう》をこらして焼いた食料品を商品として販売《はんばい》する店、三文字に簡略化すればパン屋があった。どうやら、一階に食料品の売り場が設置されているらしい。

そして、そのパン屋にいる奇妙《きみよう》な客に、視線が固定された。

黙々《もくもく》と試食をする、人目を惹《ひ》くか退《ひ》く、どちらかに確実に追い込む格好の女性。

白黒の線が合計五本程度|横縞《よこじま》に入ったボーダーの長|袖《そで》シャツ。下も同様のデザインのスカー。シャツのサイズがかなり大きく、右の肩がはだけて下着の紐《ひも》がチラっている。それに加えて注視を促《うなが》す、白にも取れる薄《うす》い金髪《きんぱつ》は後頭部に、時代|錯誤《さくご》にかんざしで纏《まと》められていた。

その女性はホウレン草を練り込んだ緑色のパンがお気に召《め》しているらしい。決してトレイに載《の》せてレジで金銭を消費することなく、試食用の一ロパンを次々に消失させていく。その勢いは、商品を誤って口に入れても、誰《だれ》も異議《いぎ》を挟《はさ》むことが出来ないほどだった。

おろおろと周囲の善意者に助けを請《こ》う店員に同情しながら目を逸《そ》らそうとした刹那《せつな》、

ぐわ、とその女性が僕の方へ振り向いた。

膨《ふく》らんでいた頬《ほお》の中身を胃に一方通行させて、シェイプアップを図った。

その人は、立てかけてあった黄色の傘《かさ》を掴《つか》み、ハンドバッグを振って軽い足取りで接近してくる。青い運動|靴《ぐつ》は、雨中間の移動による湿《しめ》りを苦にせず、床《ゆか》との摩擦《まさつ》音も一切《いっさい》立てない。

「あ、どうも。上社奈月《かみやしろなつき》です」

僕の前に立ち、柔和《にゅうわ》な笑顔《えがお》で頭を下げてきた。みーさんの容姿は調査《ちょうさ》済みらしい。当然か。

「あ、どうもみーです」

囚人《しゅうじん》服に似たお召《め》し物を着用している刑事さんに、とにかく挨拶《あいさつ》を返した。

そして不躾《ぶしつけ》にその容姿を観賞する。

僕の待ち人は格好も異質だけど、何より異様なのは顔立ちだった。

小鼻とか、目が細く、線になって光沢《こうたく》が稀薄《きはく》とか、そういう細々としたことより、だ。

若すぎる。

どう贔屓《ひいき》目を駆使《くし》しても僕らと同年代にしか見えない。化粧魔術《けしょうまじゅつ》か、恋日《こいび》先生が留年の達人か、特殊《とくしゅ》な呼吸法による細胞《さいぼう》の活性化か。

「顔、何か足りないものでもあります?」

目にかかる前髪《まえがみ》を直しながら、奈月さんが試《ため》すように問いかけてきた。

「そうですね……芸術性が足りませんね。もっとこう、アバンギャルドな要素が欲しい」

「アーティストな意見ですね。流石《さすが》、恥《は》ずかしげもなく頬にキスマーク付けて歩ける人種さんです」

「ああこれですか、職業病です」

奈月さんの視線から守るように、頬に指先を触《ふ》れさせた。義理も人情もからっきしの三級品である僕が、それを消去するという行動には踏《ふ》み切らなかった。理由を聞かれても、そんなものはない。強《し》いて挙げるなら、なんちゃらうえおってやつだ。嘘《うそ》だけど。

「刑事さんこそ、試食どころか商品の棚《たな》にあるパンを無銭飲食するなんて、職権を勘違《かんちが》いしているとしか思えない蛮勇《ばんゆう》でしたよ」

奈月さんの笑いは崩《くず》れない。悲しそうに、目を伏《ふ》せがちに笑う。

「今朝はみーさんが来てくれるか心配で心配で、ご飯が喉《のど》を通らなかったんですよ」

「それでパン食ですか、合理的ですね」

「あら、お上手ですね」

うふふふふ、と某《ぼう》国民的アニメの主婦が番組の最後に用いる笑いを浮かべた。今にも順序を無視してジャンケンポンとかやり始めそうだ。

話を中断して、奈月《なつき》さんと連れ添《そ》い、パン売り場からの恨《うら》みがましい視線は無視してエスカレーターへ。恥《はじ》かきついでに告白すればこのデパート内は初見だったので、奈月さんの自信に溢《あふ》れた足取りに行き先の舵取《かじと》りは一任した。

特に言葉を交《か》わさず三階に到着《とうちゃく》し、待ち合わせ場所に指定した喫茶《きっさ》店へ並んで入店した。白を基調とした内装は、窓から覗《のぞ》ける空模様と相まって、モノクロの世界観を演出していた。

「本当に喫茶店なんかあったんですね」

さらりと、自身の無計画性を漏《も》らした奈月さん。天然なのか、冗談《じょうだん》なのか判別しづらい。

傘《かさ》を置き場に差してから、奥の席へ向かう。僕もそれに続き、焦《こ》げ茶色の椅子《いす》を引いて、腰《こし》を下ろした。

「こういう休日も悪くないですよね。同級生が無駄《むだ》に尊大で熱血な部長と共に塩とか精製出来そうなぐらい汗水垂《あせみずた》らして部活動してる一方で綺麗《きれい》な女性とデートなんて」

勝ったぞ金子《かねこ》。ああでもあいつ、菅原《すがわら》達と一緒《いっしょ》に部活勧誘《かんゆう》する際に、更衣《こうい》室が覗《のぞ》けるとかいう惹句《じやつく》で新入生を釣《つ》ってたな。それが本当なら、この綺麗な年上か怪《あや》しいお姉さんとデートしても、役得があるとは考え辛《づら》いから痛み分けかも。

「あらあら、私にそんな甘言を口にしていると、恋日《こいび》が怒《おこ》りますよ」

「先生が?」

僕の疑問と奈月さんの返答がキャッチボールし終える前に、水とお絞《しぼ》りを店員が運んできた。僕の頬《ほお》に業務上の過程で付着した唇《くちびる》型の口紅を微妙《びみょう》な表情で一瞥《いちべつ》しながらも、伝票を構えるまでには営業用スマイルを浮かべる職業意識の高さに好感を覚えた。

「僕はココアを。上社《かみやしろ》さんは、」

「いえいえ、脳内表記と同じ馴《な》れ馴れしい呼び方で結構ですよ」

「てはお言葉に甘えて。ご注文はどうしますジェロニモさん」

ジェロニモさんは上品に口元を手で覆《おお》う。

「カツカレー一人前お願いします」

あれ?パン屋で暴食してた人といつ入れ替《か》わったんだ?

店員は笑顔《えがお》を崩《くず》さずに注文を取り、厨房《ちゅうぼう》へ去っていった。

「ところで先生がどうかしたんですか?」

奈月さんは、控《ひか》えめな笑顔を形作る。

「ああ、嫉妬《しっと》しますよという話です。あいつはみーさんのことが昔から大のお気に入りですからね。懐《なつ》かしき恋日の初恋は高校三年生、相手は中学生でした」

「小学生じゃなくてほっと一安心ですよ」

「けど凄《すご》かったのは、もう一人その子が好きな高校生がいて三角関係を形成していたことでしょうか。愉快《ゆかい》な学校生活でした」

愉快というより奇怪《きかい》だ。

奈月《なつき》さんは水を一息で飲み干《ほ》し、口元をお絞《しぼ》りで拭《ぬぐ》う。

「みーさんと私は若い者同士です。それなら、すべきことは一つです」

「その通りですね」

三十代の女性の日本語は少々理解不能だったけど、知ったかぶって同意してみた。

「みーさんのご趣味《しゅみ》は?」

「恋の監視《かんし》カメラを少々」

「まあ、奥ゆかしい方ですね」

上品に微笑《ほほえ》む奈月さん。

「それと、深夜|俳徊《はいかい》ですか?」

微笑みを崩《くず》さず、奈月さんは余裕《よゆう》のある態度で発言した。口ほどに物を言うはずの眼球は、瞼《まぶた》で覆《おお》われて窺《うかが》い知ることを防いでいる。

「田舎《いなか》のヤンキーですからね」

適当に答えた。

その瞬間《しゅんかん》、言質《げんち》を取ったと言わんばかりに、勝ち誇《ほこ》った人差し指を突《つ》きつけられた。

「異議あり、ですよ。ここは法廷《ほうてい》じゃないので、証拠《しょうこ》はいりませんね。みーさん、嘘《うそ》はいけません」

さてそれは、局所的か広義的、どちらで受け取ればいいんだろう。

思索《しさく》に耽《ふけ》りたい僕の意識を引きずり出すような、奈月さんの言葉。

「みーさんは田舎のチンピラです」

「……流石《さすが》刑事さん、よくご存じで」

参りました、と手を軽く上げて降参のポーズを取った。

「ではペナルティとして、本当の理由を話していただけますか?」

本当の理由ときたか。

水の入ったグラスを取り、口をつけながら、外の景色《けしき》を横目で眺《なが》めた。

僕が真偽《しんぎ》どちらを語ったところで、この人は信用するわけもない。

何せ、僕を殺人犯と疑っているような脳味噌《のうみそ》の保有者だ。

この人が欲しているのは、真相の証言ではなく、虚言《きょげん》に生まれる挙動だ。

「分かりました。奈月さんにだけお話ししましょう」

「ジェロニモじゃなかったんですか?」

そう言いながらバッグからハッカパイプを取り出し、吸い始めた。

鳥肌《とりはだ》が立つほど、僕にとって不快な臭《にお》いが漂《ただよ》う。

「あ、ハッカお嫌《きら》いなんですよね」

「ええとっても」

「ではしまいますね」とご丁寧《ていねい》に断りを入れて撤去《てっきょ》する。

僕のどうでもいいことまで筒抜《つつぬ》けですよ、という遠回しな牽制《けんせい》だろうか。

臭《にお》いが霧散《むさん》するまで待ってから、口火を切った。

「深夜に俳徊《はいかい》する理由は、唯《ただ》一つ。殺人|鬼《き》を捕《つか》まえる為《ため》です」

「あらあら、みーさんは正義の味方だったんですか」

「ええその通りです。週に五回は引っ越《こ》し野郎《やろう》となって社会|貢献《こうけん》していますよ」

不毛な切り返しを続行する。この手の人と生真面目《きまじめ》に対話するなんて愚行《ぐこう》は犯さない。

「かけられた嫌疑《けんぎ》は自らの手で晴らすのが物語の主人公です」

主人公じゃないけどな。

奈月《なつき》さんの睫毛《まつげ》が、微量《びりょう》、震《ふる》えた。

「嫌疑?」

「奈月さん……失礼、ジェロニモさんが僕に向けている感情ですよ」

奈月さんの眉間《みけん》に皺《しわ》が寄り、それでも笑《え》む。笑顔以外、表情パターンを用意していないらしい。喜怒哀楽《きどあいらく》を笑顔だけで表そうとするなら、顔面が年中通して筋肉痛になりそうだな。

「私が、ですか……あ、嫌《きら》ってはいませんので、疑惑《ぎわく》にしておきましょう」

「そりゃどうも。僕も零号《ぜろごう》さんにお迎《むか》えしたい程度の感慨《かんがい》は抱《いだ》いていますよ」

「感|極《きわ》まる想《おも》いをありがとうございます。それにしても、疑惑、ですか。なんのことでしょうねぇ……」

言葉|尻《じり》を濁《にご》して頬《ほお》に手を這《は》わせ、あどけなく首を傾《かし》げる。

疑惑じゃなくて確信ですよ、と心中で呟《つぶや》いていそうだなんてのは邪推《じゃすい》というものか。

「分からない、ということにしておきましょうか」

椅子《いす》に座り直し、背もたれに自重を預《あず》ける。真っ正面の奈月さんは、線目で僕を観察していた。それと見つめ合う形になる。石にでもならないかなーと、念じながら凝視《ぎょうし》してみた。

「……あらら、いくらみーさんが田舎《いなか》の穀潰《ごくつぶ》しでも、逢瀬《おうせ》の相手にガン垂《た》れるなんて……」

「ん、ああすいません。前髪《まえがみ》の生《は》え際《ぎわ》を見ていたらつい熱中してしまって……」

奈月さんはいえいえ、と首を振《ふ》り、「それも仕方ありませんね」と前口上を置いてから、

「警察をお嫌いなのも重々承知しています。なにせ、八年前の事件も結局、警察は捜索《そうさく》に行き詰《づ》まり、みーさんが解決なさったようなものですから」

胃の中で何かが暴れた。

コップを取り、唇《くちびる》に水をつけて暴徒|鎮圧《ちんあつ》を試みる。

八年前ね。

そこから掘《ほ》り出し始める気か。

「みーさんでしたよね?警察に電話をなさったのは」

「そうでしたか?時報にかけ間違《まちが》えた記憶《きおく》しかありませんね」

僕の台詞《せりふ》など雨音より気に留めず奈月さんが続けた。

「みーさんは勇敢《ゆうかん》でした。死体と怪我《けが》人が転がる中、冷静に逃《に》げ出して通報したんですから。あ、そういえばその頃《ころ》の記憶《きおく》があやふやだと証言していましたけど……少しぐらいは整理出来ましたか?」

「整理しようにも、既《すで》に消失した記憶のページもあるみたいで、復元は不可能ですよ」

「誰《だれ》がそこで殺害を行ったか、思い出せませんか?」

「ええ、さっぱり。自責の念に駆《か》られて自害したなんて美しい理由じゃないでしょうか」

嘘《うそ》だけど。そんな殊勝《しゅしょう》な行いと縁《えん》のない連中だってことは身に染みて理解している。

「そうですか……。そうですね、無理に思い出させるのはよろしくありません。御園《みその》マユちゃんが悪い前例です」

痛ましさを強調する声調で演技しながら、また嫌味《いやみ》にも程《ほど》がある名詞を挙げてきた。

ただ、別段に反応しなかったら、奈月《なつき》さんもそれ以上マユについては言及せず流した。

「そういえば、先程《さきほど》の殺人犯についてですけど」

パッと標準の笑顔《えがお》に舞《ま》い戻《もど》り、奈月さんは断言する。

「犯人は高校生です」

学生じゃなくて高校生ときたか。

「どんな根拠《こんきょ》に基づいてそれを?」

「そうですね……。まず、学生に括《くく》ったのは、定番の時間帯ですよ」

「ベタですね」

「九件の事件はいずれも、平日の深夜か休日の朝方、昼間、そして休日の夜です。最も殺害が行われる頻度《ひんど》の高い時間帯は休日の昼過ぎあたりですけど……分かり易《やす》すぎますね」

「学生を装《よそお》った無職のおにいさんおねえさんという線は?」

薄目《うすめ》を開け、肩《かた》を小刻みに揺《ゆ》らしてくる。人形の仕草だった。

「そうですね、それも疑うべきでしょう。けれど、そこまで思慮《しりょ》深い犯人なんでしょうか。何件も連続して学生を装って、警戒《けいかい》が厳しくなってもそれを変えず……装うことを考えるなら、継続《けいぞく》する際のデメリットにも思いが行き届いておかしくないはずですけど」

「それもそうですね」

どちらに同意しているかは自分でも不明瞭《ふめいりょう》だ。

「死体|損壊《そんかい》の頻度から、犯人に猟奇《りょうき》殺人の傾向《けいこう》があるのは明白です。ただ、全く解体が行われなかった被害《ひがい》者もいます。いい加減な性格なんでしょうか、犯人」

「さあ、僕には判《わか》りかねますよ」

「思慮も思想もなく、生活の延長上に殺人を行う異端《いたん》者。深く物事を考えていないのが明白なこの犯人は、当然時間帯には気を配りません。ただ自身の都合で、空いている時間に、それこそコンビニに行くついでにふとやってみました、という感覚の学生が私の予想する犯人像です」

僕の相づちは何処吹《どこふ》く風、独演会になってきたな。

しかもコンビニエンスストアを例と挙《あ》げますか。

根掘《ねほ》り葉掘り調べ尽《つ》くしたんだろうなあ、この人。男たるものストーカーの一人や二人いないとね、といった前向きな態度で受けとめるのが大物なのかな。

「ニュースは見ますか?新聞でも構いませんけど」

話題移行への前|振《ふ》りに僕は頷《うなず》いた。

「それなら、最新の二件の詳細《しょうさうい》もご存じですよね」

「詳細ってほど事細かに知っているわけじゃありませんけど、一応は。八人目は自治会の会長で、最新が受験ノイローゼの中学生でしたっけ」

僕の言葉に軽く顎《あご》を引き、それから数秒の間を空けてきた。

無言の空間を訝《いぶか》る僕の上《うわ》っ面《つら》を、奈月《なつき》さんの無遠慮《ぶえんりょ》な目つきが撫《な》で回す。

「……何ですか?」

「疲《つか》れませんか、いつも無表情でいると」

「笑顔《えがお》を崩《くず》さない方が重労働ですよ、きっと」

ここ数年、笑顔の記憶《きおく》がない僕には。

本題に戻《もど》る。

「その二人の犠牲《ぎせい》者で気になるのは、やっぱり時間帯です。二人が殺害された時刻はどちらも休日の深夜に限定されています。ですがそれまでの七件は全《すべ》て平日の深夜か休日の朝方、昼間で、休日の深夜には行われていない」

名人の一手、四三|香車《きょうしゃ》。

駒《こま》を打つ幻聴《げんちょう》まで拝聴《はいちょう》してしまいそうな、追いつめられた雰囲気《ふんいき》。

「勿論《もちろん》、空いた時間に行っているから偏《かたよ》りが見られる……それはつまり、月間に、生活の状況《じょうきょう》が変わったということですよね?」

「質問系の語尾で締《し》めくくられても返答に窮《きゅう》します」

失礼、と口の端《はし》に薄《うす》ら笑いを浮かべる対面の相手。

「こんな時期に新しい生活|環境《かんきょう》を迎《むか》えるなんて変わってますね、犯人」

まるで僕の名前が犯人であるような言い方だな。

奈月さんが文字|紡《つむ》ぎの為《ため》の口を休める。店員が注文のココアを運輸《うんゆ》してきたことに配慮しているらしい。自分の注文でないに拘《かか》わらず店員に会釈《えしゃく》をした。

置かれた白磁《はくじ》のカップを取り、縁《ふち》に口をつける。

「ココアがお好きなんですよね」

店員が離《はな》れるのを見届けてから、発声を再開した。

「先生に聞いたんですか?」

「いいえ、みーさんの叔母《おば》様にです」

死角から予想外の人名が飛び出した。

「実はみーさんの叔父《おじ》様と叔母《おば》様には面識があるんですよ。田舎《いなか》の横社会の繋《つな》がりは面白いですね」

「……………………」

「みーさんのお話をよくされますよ。平日は夜勤が多くて、休日はみーさんが外出してることが多いから触《ふ》れ合う機会が少ない、と嘆《なげ》いていました」

「それは、僕も反省すべきですね……」

牧羊犬に柵《さく》へ追い込まれている気分を強制体験中。

けれど、手練手管の冴《さ》えた詐欺《さぎ》商売をやっている愉悦《ゆえつ》も、片隅《かたすみ》にある。

「それと、夜中に家を空けるから深夜外出を止め辛《づら》い、とも仰《おっしゃ》っていましたね」

奈月《なつき》さんの台詞《せりふ》が、十六ピースの安いパズルを埋《う》めていく。

示される絵柄《えがら》は明白なのに、焦《じ》らすように丁寧《ていねい》に。

「ああでも、一番の心配は彼女さんとの同棲《どうせい》でしょう。お相手の御園《みその》マユちゃんとは四六時中《しろくじちゅう》べったりしているそうで、独《ひと》り身《み》には羨《うらや》ましい限りです」

最後の一ピースを手に取る。

「そんなマユちゃんの生活サイクルを是非《ぜひ》海聞きしたいものです」

それで詰《つ》みですから。

この人の心は明確だ。常にさらけ出されている。実に不快だ。

乾《かわ》いた口内を、発汗《はっかん》したように滑《すべ》る舌で湿《しめ》らせて、口を開いた。

「聞かなくても、もう十分でしょう」

外に目線を走らせる。目を逸《そ》らしたともいう。雨は既《すで》に小降りになっていた。

「そうですね、カレーが来る前にこの話は終わらせましょう」

奈月さんの光沢《こうたく》のない瞳《ひとみ》が僕を中心に捉《とら》えきる。

そうして、昼食より優先度の低い話題は終わりを迎《むか》えた。

「学生で、最近行動に制限が出来て、深夜|俳徊《はいかい》が趣味《しゅみ》……そしてみーさんは、高校生です」

「……原來如此」

原來如此。

僕が犯人だから、高校生ですか。

効率的だ。

「嘿嘿……」

「唔嘿嘿嘿嘿嘿嘿嘿嘿」

唐突的、而且是同時。

僕と奈月さんは、声を包み隠《かく》さず、気持ち悪く笑った。

僕は長く。

奈月さんは短く。

頬《ほお》がひりつくほど笑い合い、隣《となり》のテーブルから客が退避《たいひ》した後に奈月《なつお》さんが締《し》めた。

「面白い探偵《たんてい》ごっこでした」

「ええ。痛くもない腹を探られて、危《あや》うく覚えのない罪を自供するところでしたよ」

心の内に溜《た》まった愉快《ゆかい》痛快を発散するべく、大げさに肩《かた》を揺《ゆ》すった。

この人との会話は、二人でババ抜《ぬ》きをやっているにも拘《かか》わらず、相手の手札だけが減っていくような不条理な感覚に苛《さいな》まれる。

鬱陶《うっとう》しく紛《まぎ》らわしく賢《さか》しく、隠《かく》し味《あじ》程度に楽しい。

笑う程度に、面白い。

慣れない笑い声をあげたからか、喉《のど》が渇《かわ》きを訴《うった》えた。少し甘みの強いココアで喉を潤《うるお》わせ、机上《きじょう》の空論並べの余韻《よいん》に心を浸《ひた》した。

そう、これはあくまで推理《すいり》ごっこに過ぎない。

だって証拠《しょうこ》ないし。

あったのなら、今日は私的でなく公的に警察署でご対面していただろう。そして机にあるものはココアではなくカツ丼《どん》だな、間違《まちが》いない。

奈月《なつき》さんの小鼻がひくついたので僕も鼻を利《き》かせてみたら、店内の造りを無視した協調性のないカレーの匂《にお》いが漂《ただよ》ってきた。

「食事が終わったら庭でも歩きませんか?」

見合いじみた奈月さんのお誘《さそ》いを、恭《うやうや》しくお受けした。

あんたの庭って鉄格子《てつごうし》の中かい?などと無粋《ぶすい》な軽口は胸の内に留《とど》めた。

喫茶店《きっさてん》を出た後は、聡明《そうめい》で(自称)美人な(これは認める)おねえさんにエスコートしてもらった。

「這家的大福很好吃的哦」

「洋菓子《ようがし》はあっちです。フルーツゼリーの美味しい店があるんです」

「あ、赤福《あかふく》の試食やってますね、行きましょう」

奈月さんの庭は食品売り場だった。

で、一|巡《めぐ》りして、和洋|節操《せっそう》なく菓子類や冷凍《れいとう》食品を購入《こうにゅう》して、その後。

「恋日《こいび》先生と一緒《いっしょ》に暮らしてたんですか」

奢《おご》ってもらった大判焼きを手に、屋上のフェンス際《ぎわ》に並んで立つ。

傘《かさ》を喫茶店に置き忘れたけど雨はやんでいたので、取りに戻《もど》るのも面倒《めんどう》だった。

「ええ、大学に在学中。私も恋日も地方の大学を受けて、生活費と爛《ただ》れた関係を考慮《こうりょ》して二人暮らしを始めました。あ、爛れたといっても良い意味で、ですよ」

あるのかそんな意味。

手に吊《つ》り提《さ》げた袋《ふくろ》から、奈月《なつき》さんが二個目の大判焼きを取り出して頬張《ほおば》る。

目尻《めじり》を垂《た》らして幸せの原寸《げんすん》を噛《か》みしめているようだった。

「よく私と、外で会う気になりましたね。マユちゃんと会わせるよりは、といったところですか?」

二口で大判焼きを食べ尽《つ》くして、おざなりな調子で質問してきた。

「ああ……えー、僕の取り合いになったら大変ですからね」

新鮮《しんせん》味のない理由しか思いつかなかった。

奈月さんの性格上、形式的にお気遣《きづか》いして頂いてありがとうございますなんて言うかと思っていたら、何も語らず僕を見つめていた。赤色じゃない狐《きつね》と未来の方からやってこない狸《たぬき》の化かし合いを、これ以上|所望《しょもう》してはいないらしい。ならば僕も目的を達成する為《ため》に、僅《わず》かな真実を振《ふ》ろう。

「二人きりの時に聞きたいことがあったんです」

「なんですか?」

「失踪《しっそう》中の兄妹《きょうだい》について。結局のところ、殺人事件に分類されてるんですか?」

警察のおねえさんに探りを入れてみた。

何となく、工場へ社会見学中の小学生みたいだと、既視《きし》感が脳に通りがかった。

「どうでしょうねえ」と首を捻《ひね》る。流石《さすが》に容疑者に情報提供はなしか、と思っていたら、

「実はですね、池田《いけだ》兄妹は家出の可能性があるんですよ」

「…………………………家出」

「相当、家庭|環境《かんきょう》が悪かったみたいです。朝方まで夫婦|喧嘩《げんか》して、そのとばっちりで二人も怒《おこ》られたり叩《たた》かれたりしてたみたいなんです。それで、家出の常習犯だったみたいで、今回もそれなんじゃないかって。ちょっと期間が長すぎますけど」

「常習犯……」

その情報が、僕の怠惰《たいだ》な脳味噌《のうみそ》を強制労働に駆《か》り立てた。

家出。処理|範囲《はんい》。通《とお》り魔《ま》殺人。

家出処理範り魔殺人。……連携《れんけい》させてどうする。

それはともかくとして、今のアレ。

事態の鎮静化《ちんせいか》の方法。

最悪の手段で最良の結果を導く術《すべ》。

木陰《こかげ》の大事。木の存在や出所を隠《かく》すなら森を利用するに限る。

倫理と道徳のこだわりさえ外せば、答えは直線的に繋《つな》がっていく。

「既《すで》に1ヶ月以上経《た》ってますから、安否《あんぴ》は疑わしいですね。家出か殺人か誘拐《ゆうかい》、どれにしても」

「嘆《なげ》かわしいですね」

定型句で受け答えに努《つと》めながら、思いついた方法を頭中で転がす。責任|転嫁《てんか》、押しつけ、非人道的、駒扱《こまあつか》い、人間失格。多角的に検討《けんとう》すれば、より多くの批判が増大するだろう。

しかし、それに追随《ついずい》して安心、簡単、手間いらずという三拍子揃《さんびょうしそろ》った評価も下されるはずだ。

「みーさんの立場からすると、やっぱり気になります?」

どういう意味で確認《かくにん》してるんだか。「イエスザッツライト」

「あら?」

僕の堪能《たんのう》な英語とは一切合切《いっさいがっさい》の因果《いんが》関係はなく、甲高《かんだか》い電子音が五年前の流行歌を奏《かな》でた。

監獄《かんごく》内で大流行してるファッショナブルなデザインに酷似《こくじ》した、横縞柄《よこじまがら》のスカートのポケットから、奈月《なつき》さんが青色の折り畳《たた》み型|携帯《けいたい》電話を取り出して待ち受け画面を開く。

「もうこんな時間ですか」

少し思わせぶりだったので、僕も電話を手に取り、液晶《えきしょう》のデジタル時計を見た。喫茶店《きっさてん》を出てから一時間ほど経過して、十二時半過ぎだった。

「すいません、これから仕事なんです」

奈月さんは申し訳なさそうだった。仕事って、その格好で何処《どこ》にお勤めなんだ。

「そうですか、実に名残《なごり》惜しいですが仕方ありませんね」

「そこまで嬉《うれ》しそうだと言った甲斐《かい》があるというものです」

「誤認逮捕《ごにんたいほ》されないように護送車に気を付けてください」

僕なりに精一杯《いっぱい》の忠告をした。奈月さんも笑顔《えがお》でそれを受け止める。うん、良い雰囲気《ふんいき》。

「みーさんのケータイの番号教えて頂けますか」

僕は快諾《かいだく》して十一桁《けた》の数字の羅列《られつ》を口上した。

「はい、私の番号もどうぞ。……では、自首する際にはまず私にかけて懺悔《ざんげ》してくださいね、お待ちしてます」

優雅《ゆうが》な物腰《ものごし》で一礼し、颯爽《さっそう》と去り行く。

が、くるりと回転|椅子《いす》に腰《こし》かけているように反転し、同じ歩幅《ほはば》で同じ場所に足を付けて僕の傍《かたわ》らへ戻《もど》ってきた。

「これは個人的な行いなのですが」

「えっ?」

一瞬《いっしゅん》で懐《ふところ》に入り込みぐいっと、頭を抱《かか》え込まれた。自然と膝《ひざ》が折れる。

ふくよかとは言い難《がた》い胸部に、顔の表面が埋《うず》められる。

事前動作もない、無拍子《むびょうし》のような体|捌《さば》きに、僕は身じろぎも出来ない。

「んー、良い匂《にお》い……」

「……あの、殺人犯にこんなことしていいんですか」

「容疑者確保です」

心底楽しんでいるのが伝わる声だった。

と、鳥肌《とりはだ》が、羽化《うか》してしまう。

そんな身体《からだ》の拒絶《きょぜつ》意志に反して、奈月さんの背中に手が伸《の》びていった。食べかけの大判焼きが衣服に触《ふ》れないよう、気を遣《つか》いながら。

「……あら?」

「あ、そのですね、背中を刺《さ》されたら危ないですから……」

しどろもどろの理由付けに、「ありがとうございます」と返《かえ》してきた。

緩《ゆる》く抱《だ》きしめた奈月《なつき》さんの背中は骨の感触《かんしょく》が目立つ。パンとカツカレーとフルーツゼリーと赤福《あかふく》と海老煎餅《えびせんべい》と鳥骨鶏《うこっけい》の卵プリンと松前漬《まつまえづ》けと大判焼きを一時間以内に食べ尽《つ》くす人の身体とは結びつかない。

頭髪《とうはつ》に指を入れられる。指先で梳《す》きながら、爪《つめ》で頭皮を軽く掻《か》いてくる。鳥肌《とりはだ》が地肌から飛び出そうだった。

「……あの、いつまで確保中ですか」

「取調中です。それにみーさんもお離《はな》しになってくれませんし」

「これは、だからえーと……」

くすくす、と口に出して奈月さんが笑った。それから、

「懐《なつ》かしいですね」

「はい?」

奈月さんの手が頭部から離れた。僕の腕《うで》からするりと抜《ぬ》け出し、一歩|距離《きょり》を置く。動揺《どうよう》を覆《おお》いきれない僕を後目《しりめ》に、奈月さんは口元を押さえ、悪戯《いたずら》っぽく肩《かた》を揺《ゆ》する。

「貴方《あなた》、女の子に好かれる人ですよ」

そんな台詞《せりふ》を最後に、奈月さんは軽やかな足取りで今度こそ屋上を後にした。

「…………………………うーむ」

唸《うな》りながら姿勢を正してフェンスを向き、緑の目立つ景色《けしき》を暫《しばら》く見下ろした。

一分ぐらい経《た》ってから、今更《いまさら》のように照れた。

首筋を人差し指で掻く。

何だ?盗聴《とうちょう》器でも付けたのか?或《ある》いは発信器、それとも身体検査か?

とにかく帰ったら服は洗濯《せんたく》機に放《ほう》り込んで風呂《ふろ》に入ろう。

うん、それが良いそうしよう。

照れ隠しお終《しま》い。

残った大判焼きを口に放り込んでから、振《ふ》り向いた。

麻由出現了。

仿佛看到了我的全部般佇立在那。

黑色的傘、黑色的毛衣、黑色的裙子、黑色的厚底靴、黑色的帽子、黑髮。

吸引眼球的穿著、還有那蒼白的肌膚。

御園麻由站在那裡。

是我還是麻由舉起步子,把距離縮短到30公分了。

是我還是麻由開口、說出來的。

『騙子』、是誰說的呢。

沒錯,我是騙子。

開關打開了。

被強行拉到反方向。

「跟蹤我了?」

總算恢復了。這是我說出來的。

麻由沒有説話、把手舉了起來。不是張開著的、而是握緊了的拳頭。是要揍我吧,從她那個緩慢的動作中理解的。是認爲我沒有迴避的意思嗎?我把口中的食物硬吞了下去。

「小麻是騙子呢」

被揍了。握緊的拳頭往我臉上槌來然後滑過門牙、擦破了皮膚。

御園麻由玉手創造的傷痕、有多了一個。

「偵探遊戲很好玩吧?」

再來一拳。快要遮到眼睛的帽子深處、瞳孔如石頭般冰冷的望著我。

麻由握緊的拳頭上沾著赤色的血和紅色的口紅。

不能消除的刻印被刻上去的人消除了。

「這什麽意思、那邊的」

「不準用那邊的稱呼在你之上的人」

太陽穴遭到雨傘突刺。

這就錯了哦小麻,那邊的是指把你的罪掘出的人喲。

所以沒有什麽花心或那種關係的喲,完全。

「爲什麽要笑」

別對人類提出這種問題啊。

「明明和我在一起的時候就不笑」

「………………」

啊啊是這樣啊。

嫉妒、嗎。

沒錯,嫉妒。我討厭的感情。

好懷念呐。

啊哈哈哈哈哈。

試著笑了。

被揍了。

試突抱住她。

把一下伸出了的雙手壓住、麻由對我保持距離。

「有那個女人的味道」

難道你聞過上社奈月的味道嗎?

啊啊、有可能吧。

「這樣不是道君」

「……是哦」

只是這樣、

我就不是道君了嗎?

不溫柔的話就不是道君、

不一直待在小麻身邊就不是道君、

碰觸了其他人的話就不是道君、

不是道君的話就不是我了嗎?

「原來如此」

我望向四周。

護欄。

護欄嗎?

好低呐。

肯定以前沒出事所以不是爲了對應而豎立的。

扭過頭望向麻由。

「這都是爲了你喲。因爲XX你、所以不得已的喲」

謊言而已。

謊言而已黃煙兒一皇喦洱以晃嚴二億HUANGYANERYI慌yan餌Yi。XXX往乙安礦鹽huang溢光炎刪除(註:主角壞掉了 不是譯者壞掉了XD)

刪除刪除刪除

空白鍵、斷簡。斷簡、斷簡、斷簡

謊言而已 煌延而已 幌彥而已 謊言而已

有了。有了有有有有有了了了了了了

謊言而已。

「笨—蛋」

就是如此。

「騙子」

就是如此。

「去死吧」

就是如此。

「哎?」

用單腳和手臂攀上護欄、翻身飛了出去。抓住護欄的最上端,伸展身子。

頭下腳上、世界放棄了平衡。

放開手、回頭。

XX你

XX你

XX你

XX你

XX你

XX你小麻看著我一副無法理解的表情

會怎麽樣呢?

因爲結果馬上就會出來了,所以小麻什麽都不想就好了哦。

只要、用眼睛看著就好了。

目擊之後幸福的生活下去就好了。

我會祈禱讓你消災、長壽、得到生前生後的幸福。

再見啦。

「Bye Bye」

在某人要說出什麽之前,我已經跨越了界線。

脫離人生枷鎖的時間到了。

頭朝下墜落。

聞到血的氣味、

聽到天空的聲音。

然後,

啊、忘記繫上繩子了。

我死了。

第十人 『提問殺人』

本回因爲犯人狀況原因休息。

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