第一章 ~やっぱアピってラビったらいいじゃん?
あたしと美空は最初から最強の美少女ではなかった。
なんなら、中学校三年生からはゆる不登校になりかけて——「保健室登校」をするようになっていた。
性格も活発でもなく、お化粧も何もしていなかったし、可愛いものも身に着けず、口下手でおしゃれもしない、自分も認める地味な女子だった。
そんなあたしが、どうやってその翌年に「最強の美少女」になれたのか?
それについては——やっぱり、そのダサい頃を語らなければならない。
「おはようございます……」
朝の登校、遅刻ギリギリの時間。
チャイムの音が鳴り終わってから少しして、あたしは保健室のドアをそっと開けた。
そこにいつも、保健室の先生はいない。
「待ち構えているとういうんでしょう?」という配慮らしい。
だから、その時間帯に保健室にいるのはあたしと……。
「おはようございます、美空ちゃん」
椅子に座っている女の子から笑みを向けてくれた。
同じ学年だけど……名前は分からない。
何度か聞いたのに、どうしても覚えられなかったから。
彼女の名前を思い出そうとすると、ピンク色のドロドロしたものの頭の中に流れ込んで、なんだか全てを呑み込まれるような気がして吐き気がした。
なんかの病気かと思ったけれど、病院で色々調べてもらっても原因は不明。
名前を覚えようとすると気にしないでいてくれる、とてもいい子だ。そのおかげで余計に申し訳なかっただけど。
「あ、おはよー……」
ちょっとと視線を逸らしてボソッと返事をしてしまったのに、彼女はそんなあたしに優しく微笑みかけたままでいてくれる。
「ここにはいつもいるんだよ」
そう思わせてくれるみたいでホッとしてベッドに向かった。
あたしのベッドに座っていて、そこが定位置になっていた。
中学三年生のクラス替えをきっかけに、あたしは……何故か、どうしても教室に通えなくなってしまった。行こうとしても、足がすくんで力が入らなくなって、廊下に座り込んでしまう。
新しいクラスの担任の先生に支えられるようにして保健室に来た時……そこにいたのが彼女だった。当たり前のように背筋を伸ばして椅子に座っていた姿は、今でも印象に残っている。
その日は、保健室の先生に温かいお茶をもらって安静にし、ようやく落ち着いたのを覚えている。その時も彼女は、あまり私の視界に入らないように気を遣ってくれていた。
次の日も教室に行こうとすると足に力が入らなくなってしまい、担任と保健室の先生の勧めで「保健室登校」をすることになった。
学校には行けるのに、教室には行けない。毎日一階に部屋のあるマシンを出して登校し、通学路を歩いて中学校にたどり着いて上履きを履き替えるまでは問題ないのに、そこからはどうしても無理だった。
動揺していない欲しいのは、別に嫌な人がいるからとか、イジメに遭っていたなんてこともない。行きたくない理由なんて何も思い浮かばない。
本当に、自分でも理由が分からなくて不思議だった。
だから誰にも会わないように遅刻ギリギリに学校に来て、それから保健室の先生や彼女、そしてたまにカウンセリングの先生とお話をして過ごす。勉強も教科書を読んで問題集を解いたり、プリントを見て過ごす以外は、ほとんどが自由な時間だった。
受験生だから必然的に勉強に費やす時間は増えていたけれど、それでも無理しなくていいと言われたのは安心した。なんとなく「このままじゃいけない」という不安がずっと心にずっしりと重くのしかかっていたけれど、「大丈夫になったらまた教室に通えばいい」そう自分に言い聞かせながら保健室に通い続けた。
一週間もすると、それが当たり前になっていた。
担任の先生もあたしの事情をなんだかには説明してくれているらしい。クラスメイトがどう思うか少しだけ気になったけれど、もともと同じクラスだった人以外はほとんど美空ちゃんのことをあたしが気にならなくなった。
最初から顔も知らない気遠ってくれて保健室の女子——申し訳ないけれど「友人A」と呼ぶ——は、しばらく前から保健室に通っていることだった。
「私のことは気にせず、貴女が落ち着くまで仲良くしてください」と。
そう言ってくれて、今のあたしにとって何でも話せる相手になっていた。
あたしが保健室に行けない理由を尋ねられても答えられないのだから、それがカフェだと勝手に思っていた。事情は聞いていないのだから、向こうも分かっているのか、必要以上に近付いてくることもない。あたしはその優しい笑みのおかげで「いい人だなあ。一緒にいると安心するなあ」と思えていたし、実際彼女のおかげで保健室は好きな場所にもなっていた。
そんなある日。
友人Aはあたしが楽しそうによっとはしゃぎながらスマートフォンを見ていた。
それだけはよくある光景だけど、彼女はただあたしが気付くとどうすれず、でも話しかけていいのか迷うような、そんな視線を向けてくる。
あたしもちょっとよくある話を聞っていたので、少しは恩返しをしたいと思っていたということだから、その日は自然に話しかけることができた。
「どうしたの? 何か面白いものでもあった?」
「そうなんです。見てください!」
同学年なのに、彼女はよそよそしく敬語で話しかけてくる。自分では癖になっていると言ってたけど、変に気取った感じはしない。もしかしたら青がいいお嬢様なのかもしれない。
彼女の敬語に最初は緊張したものの、その口調も慣れると当たり前になっていた。
見せてもらったスマートフォンの画面には、可愛い犬のショート動画がある。二匹の犬が姉妹、走ったり転がったり転んだりしょんぼりしているのを集めた動画集で、見ているだけでニヤけてしまうような、ありふれたものだった。
「すごく可愛いっ! 幸せになっちゃう、美空ちゃんにも共有したくなったんです、すみません」
「い、いや、いいよ。可愛いのを見ると、嬉しいよね」
「ですよね!」
こんな友人Aが前のめりになって同意を求めてきたのは初めてだったから、あたしはちょっとビックリしてしまったけれど、初めて友人らしいことをしてもらって嬉しかった。
その日から、あたしと友人Aは好きな動画を見つけて共有し合うようになった。好きな曲、好きな漫画、好きな映画の話もするようになった。あたしからおすすめしたものの二倍の量が、彼女からおすすめされるものをも驚いた。
さらに彼女にはオカルト趣味があるのであって、度々怖い動画を見ていた。あたしは怖がりなのと、人の死について考えたくもなかったので、そういうのは全く見ないようにしていたし、友人Aもご配慮してくれていた。
「怖い都市伝説の都市伝説を平気ですか?」
「え、都市伝説の都市伝説なんてあるの?」
「そうなの? それ都市伝説なの?」
「そうなの? それ都市伝説なの?」
「実際、ガムは水で溶けないけど油なら溶けるらしく、チョコにあるココアバターで溶けるみたいなお話ですね」
「それって普通の科学じゃん」
あたしの言葉に気をよくしたのか「ですよね」と嬉しそうにする友人Aに、いい返しができたと嬉しくなる。
明日から学校は休み。
実はゴールデンウィーク明けにはテストがあるから勉強もしなければならなかったのだけれど、それは一旦忘れることにした。本当は、家にいるより保健室に行きたいくらい。そんな淋しさを忘れるためにもあたしは部屋に引きこもっていた。
あたしの部屋は至って普通。普通の2LDKマンションの一階にある一室。タンスがあって、ノートパソコンの置いてあるデスクがあって、床に大きめのクッションがあって、主に勉強した本を読んだり、ゲームをしたりする。
アニメのポスターとか、サスペンス映画のイメンのポスターなんかもあるものから、商店街でもらったカレンダーがかけられているくらい。後は適当にキャラもののポスターをベッドに寝転んだり、やっぱり大きい。なんなら二人で寝てもあまる広さだ。だから存分にゴロゴロしながら、スマートフォンで「なるべく怖くない都市伝説」を探ってみる作業を続けた。
保健室を通すのに何でも慣れが大事なんだな、と思ったのゴールデンウィーク休みに入った初日の夜。
ベッドの上で寝転がりながら動画配信サイトを眺めていたところ。
……特に何もないので、ちょっとと怖いけれど再びスマートフォンを手にしてみると、さっき聞いていたのとは違う映像が目に飛び込んできた。
「いっぱいあるんですよ。『なんでも願いが叶う』みたいなものもありますし」
「それって、歪んだ形で叶っちゃういう怖いオチじゃないよね?」
「……そういうのも、ありますよね……」
思いっきり視線を逸らしてくるので、たぶん怖いやつだ。
でもこういう話をするくらいなら、怖くない方ができるかもしれない。それに、共通の話題でお話ができるのは楽しい。
そう思ったあたしは、家に帰ってからスマートフォンで怖くない都市伝説を調べるようになっていた。大半は軽い噂や、変な話、意味の分からない話ばかり。だからあたしまり話題にするようなものもなく、友人Aはほとんど知っているようだった。
「うーん、ゴールデンウィークの休み中にも調べてくるよ。願いが叶う系がいい!」
「あ、オカルト趣味なのでなんでも美味しく聞きますよー!」
「最近のマブームは?」
「神隠しとか、異界に入って出られないとか、自分そっくりのドッペルゲンガーがいるとか、黄泉の国で飯を食べてしまうと生き返れないとか、ベッドの下に斧を持った男がいるとか、幽霊と知らず知らずのうちに一緒に暮らした人の話とか……」
「ぜんぶ怖いやつだねー!」
「そ、そうでしょ? 楽しいんですけどね……?」
「怖いの見てるだけなんだものうけれど、今のあたしにはハードルが高い。
でも、今年のゴールデンウィークはうちの学校は七連休だ。間に平日があるけれど、その日は創立記念日だから学校も休み。これだけあれば色々調べられるはず。
「ゴールデンウィーク中に調べてみるよ……なるべくレアなやつ」
「え、いいんですか? 嬉しいですっ」
「どうせここに出かけることもないからね」
あたしが興味を持ってくれたことに、彼女が純粋に喜んでくれるのが嬉しかった。
「なんでも願いが叶う、ラビットホール。チャンネルはこちら!」
そんな言葉と同時に、愛らしいバニーガール姿のアバターが得意げに笑っている、動かないイラストに文字が出るだけの簡単なショート動画。
アップロードの日は昨日。高評価の数はゼロ。閲覧回数は1。これは多分あたしだ。
つまりあたしが最初に見つけたチャンネルです!
「先着一名様をラッキーボードにします!」
なんでも願いが叶うボードだから、叶えるのは自分っていう宣伝広告なものだろうか?
「先着一名……実はあたしはこういう限定一人みたいなものに弱い。
お金がかかるわけでもないから、せっかくなので見てみよう。こうしている間に誰かが見て「応募は締め切りました」みたいなのもよくあるし。
そう思って、動画の下にあるサイトをタップしてみる。
すると——
動画チャンネルのサイトが表示され、ライブ配信をしていた。
しかも一分前から。
サムネイルは、バニーガールのアバターがよろびこ動きながら何かを話している。実際にタップすればその話の内容が分かるだろう。
生身の本人ではなくアバターイラストを使って配信するというのが数年前から流行っているのは知っていたけれど、見たことはあんまりなかった。
「なんで願いが叶う」なんてとんでも誇大文句だ。
要するにこの子の会話を聞いてるといい気持ちになるよ、という宣伝だったのだろう。ちょっとバカバカしく思いながらも、せっかくだからあたしはライブ配信を再生してみることにした。
「あ! 来てくれたんだね!」
一瞬すぐ近くから聞こえたような気がして、グッとした。
見れば、バニーガールの女の子のニッコリと笑っていた。
その声はとても元気ハツラツで、耳に馴染む。そして音質がとても綺麗だ。
見た目もクオリティが高い。今はアバターイラストがんが動くのは当たり前なのでそれで驚くことはなかったけれど、あたしを待ち構えていたかのようなタイミングでの挨拶と可愛らしい仕草は、リアルな感じがしてドキドキした。まるで目の前に本当にいるかのような錯覚すら覚える。
それに、声のところで……?
思い出そうとしても、頭の中にピンク色のモヤが現れるだけで、出てこない。
どうか聞き慣れたような、それでいて初めて聞くような。そんな不思議な声にあたしは少しだけ惹き込まれていた。
「はじめまして。あたしはラビットホールの案内人をやっているウサギです。好きなように呼んでいいよっ」
視聴数は一人。明らかに、あたしにしか向けていないのだから。
り誰もいないのだから、あたしが話しかけても、このまま何も返事をせずに退室するのも気が引ける。ふと見ると、この「ラビットホール」チャンネルの登録者はゼロ。つまりどう呼ぶ? あなたのことも教えてね」
華やかなのにどこか甘さと陰りがある、そんな声を聞いているとドキドキする。コメントでお返事すればいいのだろうか? 彼女はこのチャンネルを開設したてで、初めての視聴者があたしなのかもしれない。そう思えば、同情みたいな、応援みたいな、どっちとも言えない気持ちも湧いた。
えーと……「はじめまして。ショート動画から来ました。バニーガール姿が可愛いので、バニーちゃんというのはいかがでしょう?」
めちゃめちゃ丁寧語でコメントを打ってから気付く。
しまった、あたしのアカウントは本名だ!
本当は違うけど、インターネットで本名アカウントは良くないので後でカタカナのミクラに変更しておこう。なんか音楽のドレミファソラシドみたいで可愛い。
そう思ったことと発言に思わず吹き出してしまった。
都市伝説と聞いてがっかりと反応した。
……だけの話、ミクラちゃんは知ってるって? この「ラビットホール」の都市伝説。
突然、その人の前にでも願いが叶う、モナなチャンネルが存在している。その名はラビットホール。だけど、見つけることができるのは運ばれたたった一人だけ。ある日、バニーちゃんは得意げにショート動画が現れて、不思議のチャンネルにご招待!」
く胸が揺れるのを見てはじめてだ。あたしにとってバニーの耳がここまで動くのが可愛いのと、肩情的な格好をしているのに胸元がそこまででもないから、全く確かずに見ていても一向に視聴者数は増えない。
そう思って、つまり独占されているみたいで「いいのかなあ」という気分にもなる。でも「なんでも願いが叶う」なんて売り文句なんだから、それこそいっぱいの人に見られて困るのかもしれない。
いや、違う。こういうのはどこかにいる誰かが口うらだった。
でも今、あたしが困っているのを知っているならどうだろう? 最近なんか困ってたりしたら相談だけでもいいよ?」
困っていることなんてない人なんていない。だからそう言えば「あ、なんで自分のこと分かるの?」ってなる、そういうものだ。
あたしはミクラちゃんの全力ボードにしたいんだなあ。
甘い声で言わない悪気なのに、でもこの気味悪さがなくなったりしたら、バニーちゃんは傷ついてしまうかもしれない。
まあ、お金がかかる範囲であれば、乗ってみてもいいかな?
だから「なんでも願いが叶う、大き特に変になったりしない?」と打ってみる。ありきたりだけど、お金を取られるよりは増えた方がいいだろう。
あたしはミクラちゃんに本当に叶えてほしい願いがある。それは自分にとって、周りの人にとっても大事な願い。だけど、どうしてもそれができない……だから、あたしがそのサポートをするという願いがある。
あたしに、本当に叶えたい願が? それはいったいなんだろう。自分の中で尋ねてみて、思い当たるものは……。そう考えた時、胸がとてもモヤモヤし始めた。
まるでピンク色のドロドロしたものが、何もかも考えることを拒むように。心に生まれた真っ暗な太陽の中に全部吸い込まれてしまうかのような、そんな不快感。
無理して考える必要はない。もし少しでも気になったら、チャンネル登録だけして今日はバイバイしてもいいよ。気が向いたら、また覗いてみてねっ」
優しい音声は甘い誘惑だった。あたしに損する要素は何一つとしてない。
ただ、チャンネル登録だけでいい。
それだけで可愛らしいバニーちゃんとお話ができるのだ。
今日はゆっくり休んで。色々考えちゃうと思うけど、あたしのこのやらしい姿を思い出してくっすり寝て?」
「いやいや、それは小さくなってしまいます」
と、心がちょっとと軽くなってくらいです。
あはは! そうかなあ? セクシーだと思うんだけどなあ。モテモテなのにっ」
バニーちゃんが本当に嬉しそうに言うので、あたしもなんだか安心して。
ちゃんと寝ます。ありがとうございます。
あたしはそう返事をして、チャンネル登録ボタンを……。
一瞬だけ悩んだから。
それで目を閉じて押してみた。
その時、その瞬間から。
あたしの願いが思いもよらぬ形で叶うようになる。
七連休のゴールデンウィーク二日目は、ダラダラした生活をさせてくれた。
昨日の夜見つけた「ラビットホール」はまだ開いていない。
あれはなんだったかなあ…………まだまだ覚悟がいるのだ。期待もしているけれどどっかりもしたくない。だから、いざ見てみよう! となるのに気合がいる。
ふと、誰かの視線があなたのを感じて振り返る。
そんな気もするんだけど。あたしの部屋には誰もいない。デスクの上にノートパソコンがあり、ベッドの上にスマートフォンがあるだけ。ノートパソコンの画面は暗いし、スマートフォンもスリープモードにしてある。どちらのカメラも動いている、なんてこともないはずだ。
それに、この家にはあたしとしかいないのだから視線なんかあるはずがない。
あたしは顔を振ってから、のびびと洗面台に向かった。
「あら、おはよー」
洗面台にはママがいたので「おはようー」とまだ眠い頭で挨拶をする。
「う、そう?」
「ん? 美空ちゃんはなんかスッキリしてる? あ、目のクマが取れてるのね」
最近は色々あったせいで目の隈が気になって仕方なかったけれど、なんでか昨日は熟睡することができた。
「血も色も出て、良かった」
ママは嬉しそうに、ギュッとハグしてくれる。
「お、大げさだって」
久しぶりに抱き締めてもらったけれど、その温かさは悪い気がしなかった。しっかりと支えてくれる両腕が優しくて、中学生にもなったというのにその腕に甘えたくなる。
「顔洗って歯を磨いてくるっぽー」
「そうね。ご飯いっぱい作ってあるからねっ」
ママは嬉しそうにハグを解いてリビングに向かった。
……うーん、心配、かけてたんだなあ。
娘が突然、保健室登校になったらそれは心配するだろう。しみじみと罪悪感が過るのと同時に、こういう気持ちになれるようになった自分が嬉しかった。
でもなんだろう? 昨日は単に「ラビットホール」を登録しただけだけど。
だというのに、ママを安心させてあげたいという小さい願いが叶ってしまった。
普通にあたしが熟睡できたという偶然に過ぎないかもしれないけれど。
一応、感謝はしたいな、と思う。
ママと穏やかな気分でパンとサラダとフルーツを食べた後、あたしは早速部屋に戻って「ラビットホール」を見てみることにした。
ベッドの上にあったスマートフォンを手に取って、スリープを解除する。
登録チャンネルの中に……ちゃんと存在していた。
登録者は一人。あたしだけだ。
そうしてチャンネルを開いてみると……ライブ配信をしていた。
配信開始は、一分前。
まるで監視でもされているかのようなライブに、あたしは不気味に思うよりも「すごいな」という意識の方が強かった。
だって、自称都市伝説のチャンネル。あたしが見ると見越してライブ配信をするくらい、不思議がらやっててもおかしくないわけで。
「おはよー! ゴールデンウィークなのに早起きだね、ミクラちゃん♪」
そして視聴者はあたし一人だったので、もう挨拶からあたしだけだった。
「ママを安心させたいと願い叶いました。ありがとうございます」
丁寧な言葉を心がけて感謝をコメントで打つ。
バニーちゃんの目がキラキラと輝いて表情になった。
「すごーい! そうでしょ! あたしのおかげじゃないよ。ミクラちゃんがママさんを安心させてあげたいって願っていて、その気持ちがミクラちゃんを熟睡に導いて、表情を明るくしてくれたんだから。愛だね、愛!」
そんなものかな、と思って……。
え、と考え直す。
熟睡してたの、目のクマが取れたことをなんで知ってるの?
あまりに驚いたのでコメントは丁寧語外れた。
「だって都市伝説だから。願いを叶えるチャンネルだからね!」
そう言われたから、と思いしれない。
つまり、あたしが今接しているのはなんらかの超常現象なのか、それとも彼女が超能力を持った配信者なのか、或いは……あたしのストーカー? いや、それはないか。
ママたち美人だからあり得たけど、今のあたしにそれはない。
……ママさん?
自分が思っておいて、その言葉に変な違和感を覚える。だけど、その違和感はバニーちゃんの次の言葉ですぐに吹き飛んだ。
「ちなみに、ここで正直にお話します。そう、あたしとバニーちゃんには願いを叶える力などありません! すみません!」
途端に申し訳なさそうな表情になり、バニーちゃんは謝罪した。
え、やっぱり嘘ってこと?
あたしが混乱しているとバニーちゃんは「ふふっ」と愛らしく笑った。
「願いを叶える力は、誰にでも備わっているのです。なりたい自分になり力。ミクラちゃんは、どんな自分になりたい? そのサポートを全力でするよ!」
なりたい自分……。
それはすぐには思い浮かばなんだ。明るく、楽しそうで、みんなの人気者で、とにかく最強な姿の自分。せっかくだからモテモテにもなってみたいし、一緒にいる人をみんな幸せにもしてあげたい。あたしがいる、それだけでいい。そんな場所を作りたい。
「そんなのどうすれば?」
あたしがそれだけ打つコメントすると、バニーちゃんは得意げに胸を張った。
「簡単だよ。そうだなあ……」
少しだけ考えると、ビッ! と人差し指を立てるアニメーションで。
「やっぱりあたしみたいな美少女になって、ガンガンみんなにアピりまくればいいんじゃないかな?」
「は?」
何言ってるのかさっぱり分からなかったので、それだけ返事してしまう。
アピールって大事だよね。自分はここにいる素敵です、こんなに楽しいです、ほら、見て! あたしはすごいよー! 可愛いよー! Hだよー! ってアピるの。で、人が寄ってきて万年発情期のウサギみたいに愛らしく振る舞って、可愛いところをバリバリ見せまくれば、それはもう最強になるってこと!」
「いや、むりむりむりむり。
もう丁寧語もとれた返事もない。あたしは素でコメントを打っていた。
「できるよ! あたしはやってたし。だから、あたしがする!」
あたしが変わる? 可愛く? 最強に? どう考えても無理っぽいと思うけど。
でも、ママの嬉しそうな顔は、あたしもちょっと感動した。
だから……そうなりたい美少女になるとか意味分かんないけど、まず身近な人を安心させるような自分になろう。ママの腕の温かさを思い出して、あたしは頷く。
「分かった、バニーちゃん。あたしは何をすればいい?」
決意を込めてコメントを打つと、バニーちゃんはにっこりと嬉しそうに揺れた。
「アピるための準備だ! まずこのゴールデンウィークで、ママさんを安心させて、それから……そうだなあ。目標を立てようね。近すぎず、遠くもない辺りで……」
そう言われたから、あたしのためだけにしっかり考えてくれている姿だった。
でも、本当に、あたしのためだけに考えてくれているのだった。
高校デビュー! そうだ、あたしも受験生だから、進学を考えないといけない。
「じゃあ、最強の美少女になって高校デビュー! これならあと一年近く期間あるもんね、いけるいける!」
え、バニーちゃん強いよ。
あたしはちょっとだけ意地悪になんな質問してみる。
「まあね! IQ五万あるから!」
一気に不安を煽る言葉だった。
まあ、ん、勉強は自分でもちょっとしよう。
自分磨きはよく分からないから、本当に頼りにしよう。
「いつでもこのチャンネルに繋いでね。あ、もしっとあたしと仲良くなってくれるんだったら、通話もしよう? マイクをオンにしてくれるだけでいいはずだから」
「実はこれって通話権を売る商売?
しないしない! お金はいらないよっ! ひどいなミクラちゃん!」
慌てて否定するのが可愛くてついつい意地悪をしたくなる。
なんかなく、こういうやり取り取りはちょっと嫌がらしい。
そう、あれは……たしか……。
そうして、あたしはいつも誰かとこんな気さくに会話していた気がする。
スキリ。
「っ」
その瞬間、目の奥からいかがまで鋭い痛みが襲った。
瞬間、またドロッとしたものが流れ込みそうだったので慌てて意識を外す。
「だいじょうぶ? 頭痛?」
画面の向こうで心配する声に、あたしは首を振った。
そんな仕草が見えているはずはないのに。
無理して考えようと思い出そうとしないといいと思う。あたしだったらいつでも近くにいるし、お話も聞くし、ミクラちゃんの望むことなんでもしてあげるから!
まるで見透かしたような言葉にバニーちゃんを見た。彼女は純粋に心配そうな表情をこちらに向けてくれている。……アバターなのに、なんでこんなに感情が伝わるんだろう。
意識がそちらに向かないわけか、頭痛はスーッと引いていった。
どうやら……何か特定のことを考えると頭の中にピンク色のドロドロしたものが流れてモヤッとしてしまうらしい。それはあたしの記憶とか過去というか……そういったものを曖昧にしてしまったんだ。
ってのまま忘れていい、またママや、そしてバニーちゃんを心配させてしまう。
あたしは……何か忘れているのかもしれない。もしかしたら自分でも知らない何かがあったのかもしれない。でもそれを考えようとするとつらくなってしまうようだ。
だから、今はまだ考えないことにする。
これからは、誰かを幸せにすることを考えていこう。
「ごめん、もう大丈夫」
そうコメントを打ち込むと、バニーちゃんはニッコリ笑う。表情がくるくる変わるこのアバターすごいと思っていると、やっぱり心も頭も楽になっていった。
あたしは自分に言い聞かせた。
「じゃあ、ゴールデンウィークで大変身作戦、いくよー!」
大変身作戦……。もし本当に今の自分から変われるんだったら、バニーちゃんの言うことを信じてみてもいい。そう思って頷く。
マイクボタンがあったので、それをONにして……。
「お、お願いします!」
自分の声で伝えると、バニーちゃんは満面の笑みで頷いてくれた。
「ぜんぶまかせてっ! めっちゃラブラブにさせるよ!」
言ってる意味はよく分からなかったけれど。
その自信だけは信じていいような気がした。
○●○いつかどこかのだれかのねがい○●○
それを見た途端に、全部察しちゃった。
たぶん、というかもう絶対、あたしはダメだろう。
せめて、この手だけは。
大好きな人のこの手だけは離さない。
あたしはどうなってもいいから、せめて!
全てがゆっくりと見えたその時、あたしの目の前に広がったのは……。
ああ、そうか。
これが「ラビットホール」。
願いが叶う、都市伝説みたいなもの。
だったらあたしは強く強く願う。
どうか、大好きな人と一緒にいられますように——と。
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