朋友写的日语小说准备投稿,来高手帮忙指点下

如题。

由于朋友比较羞涩,不怎么会宣传自己,我就把他的文章拿来放这里求日语高手给点意见。

目标是新人奖,目前草稿阶段,语病肯定不少,望各位看官谅解。当然一些无法容忍的错误请大家一定帮忙指出来。

另外由于之前也没投过稿,看的轻小说也不多,所以想请这里看轻小说比较多的大侠给评价一下,看看这个稿子有没有希望突破2审。当然能留到最后更好啦!

好了废话不多说,正文送上,各位看官自便

题目 彼は先輩の彼女

 池谷楓、なんて美しい名前、なんて美しい人! すらりと伸びた長い脚、余計な肉がどこにも見当たらず健康な太もも、引き締まったお尻にきゅんと締めた腰、白くてプリンのような柔らかな肌。眼差し一つで世の中の男を虜にできる湖よりも深い瞳、片言で凡夫を振り向かせる鈴のような甘い声。そう、この人こそ、この池谷楓こそ一万人に一人現る傾城の美人である。 しかし、当の池谷楓は自分の外見で大きく悩んでいた。胸がない?否、髪が天パ?否、毛が深い?否!そんな乙女チックな悩みなど、楓は抱えちゃいない。それはもっと根本的な悩みだ。 そう、池谷楓は、彼女、もとい彼は、男なのだ!1  「いってきまーす」 楓は道場の次男であり、今年で高校一年生になった。家族は祖父、父と三つ離れた兄がいる。男ばかりの環境で育ったせいで、少々デリカシーは欠けているが、それでこそ男の中の男だ。外見を除いては。 中学校までは発育が皆それぞれで大して問題にならなかったが、高校に入ると楓の女らしさがいきなり注目された。一時的は彼と一緒にトイレに行きたがる男子が列を並ぶぐらいだった。結局ある男子の「何故だ、何故おまえの体にこんないかがわしい物が付いているのだ」という絶望の叫びでこのブームの幕はおろされた。 姿はどうしようもできないけれど、声だけは変声期でどうにかなれるかもしれないというふうに思ってるうちにますます女の声のほうへ傾いてきた。 「はぁ、なんでかなぁー」 病院で各種の検査も受けたが、どのデータからも異常なしの健康優良児だってこと以外、なんの結論も出なかった。「きと神様の悪戯だ、いや、賜物と言っても過言ではない」と医者は慈しむように目を細めて言った。 「何が賜物だ、ふざけんなっ!」もちろんその抗議も口に出すことができず、ただあの医者のいやらしい顔に催された吐き気を堪えることが精いっぱいだった。 「おはよう、池谷!」 「よ、おはよう」声を低めて発するが、やはり高校男子にしてはまだ甲高い。 「相変わらず朝っぱらから元気ないな」挨拶してきたのは同じクラスの二村英二、楓のことを普通に接してくれたごくわずかなクラスメートの中の一人である。 「はぁ、二村には分らないよ」 「まあ、確かにな。静ちゃんがいなければ俺だって池谷に惚れたかもしれないぜ」 この男は入学して十日未満の間に隣クラスの女子に5回も告白している。相手の女の子をかわいそうに思えてくるくらい、断っても断ってもまた告白してきて大騒ぎを起こしてしまう、今は学校中の知名人物となっている。 「くそぉー」 「あっ、悪りぃ、その話は触れない約束だった」 「はぁー、もういいよ、悪気があったわけじゃないし」 「おっと、大事な話を忘れるところだった。池谷は入る部活とかもう決めた?」 「いや、まだだけど」 「なら、よかったら俺たちで部活作ろうぜ?」と英二は楓の肩に手をかけた。 一度足を止めて、英二の顔を確認した後、楓は再び歩き出した。 「別にいやってわけじゃないけど、なんで急に?」 「だってさぁ、一通り今学校でやってる部活見てきたじゃん?それが面白そうなところ一つもないんだよ。そのまま帰宅部員になるんだったら、いっそ自分たちの部作ろうってわけさ」 「んで、どんな部を作りたいんだ?」 「よくぞ聞いてくれました!我が理想の部活!その実態は部員がそれぞれ違う目標を掲げて奮闘し、ワンフォーオール、オールフォーワンをモットーとする、名付けて『究極競技研究部』!」 楓の前に飛び出し、昔のやった特撮ヒーローのようにポーズを決めた。 「実態もモットーも名前もバラバラなんだが」 冷たく突っ込む楓と反対に、英二は全く気にせず、再び楓と並んで肩を組んだ。 「細かいことは気にしない気にしない!要は皆が心置きなく自分のやりたいことをやれる、困ったときは助けたり、助けられたりする部活なんだ」 「ふーん、ま、別に入ってやらなくてもないだが、なぜ俺なんかを誘った?」 「ぎくっ!」 「ぎく?」 振り向くと英二は空気と肩を組んだまま固まってる。 ようやく動いたと思ったら両手を合わせてものすごい勢いで楓の手を掴んだ。 「なっ、なにっ?!」この十日間で英二の働いた奇行の数々を思い出して、楓は思わず手を引いた。 「どうか、究極競技研究部の部長になってください!」頭を下げて、引かれた手を逃がすまいと力を入れる。 「へっ?」 「どうか、究極競技研究部の部長になってください!!」 「だからなんでぇえぇぇ?」しつこく握られた手を振りほどく。 「ご覧の通ーり、このわたくしは実に地味な人間です!ですがなぜかこの数日間次々と呼び出しを食らい、教師の間ではすっかり嫌われ者になってしまいました!このようなわたくしが新設部活を申請しても通されるわけがありますまい!それゆえに、道場の息子である池谷様の助力を頂きたく、部活名も池谷様の好みそうな『究極競技研究部』にした次第でございます!」 「そんな無茶苦茶なー、大体俺そんなセンスしてなっ」 すると急に英二は距離を詰めて、楓の耳元に呟いた。 「聞けば、池谷様は最近両声類をお目指しになられているようですな、よろしければ、拙者は協力を厭いませんぞ」 ぽっ、あっという間に楓の顔が耳まで赤くなった。 これだこれ!俺がずっと求めているイケメンボイス!これさえ修得すれば、うへへ… そう、池谷楓には野望があった、それは高1で彼女を作ることだ。普通の人から見ればそれは容易くできる、夢とさえも言わないほどのことだったが、楓にとっては世界征服スケールの野望だ。並の女の子は大体「あらこの子かわいい」と楓のことを男の子として認識してくれない、ちょっとかわいい女の子の場合は大体楓と会う度に危機感を感じて真面に接することすらできない、かわいい女の子の場合はライバルも増えて、大体漢らしい人が選ばれる。前の二つシチュエーションは楓の実体験だが、最後のに関してはただ楓の思い込みであった。そもそもかわいい女の子ってそういない。体がこうである以上、楓は並のアプローチを諦めた。そしてとあるルートで、彼は顔がイケなくても、磁性のあるボイスを出せることだけで女の子をメロメロにできることを知ってしまった(かなり偏ってる)。それからいろんなサイトを調べ、喉の生理構造から発声の原理まで熟知し、さらに低音の発声練習し始め、最後はにゃごにゃご動画の両声類サークルに定着した。かと言って、その両声類というのは男が女の声を覚える、若しくはその逆を指すことであって、楓のようなアブノーマルなケースに参考できるほどの情報や経験は殆どなかった。だが英二の低い、且つイケメンっぽい囁き声を聞いて、楓は悟ったのだ:やはりこういうボイスを習得するにはこういうボイスのできる人から直に習うことが一番だ。 「まっ、まあ、そこまで言うのなら乗ってやらなくてもないな、その話。よし、作ってやろうじゃないの、その『究極競技研究部』とやら」 「お、おおぉおお、さすが池谷様、ありがたや!ありがたや!」 つい熱くなって、英二は楓を抱きしめた。 ったく、どんだけこの部活作りたがってんだや、と感心してるところに、周りの女子に「きゃあきゃあ」という歓喜の声に呼び覚まされた。 「えい、どけぃ」と強く英二を突き放した。 イケボ習得する前に女子たちにホモだと誤解されたら元も子もない!と思いながら楓は走るようにすたすたと英二の前を歩いて行った。 放課後。 コンコンっ 「入りたまえ」 部活申請書類を持って、楓は生徒会室にやってきた。 新部活設立の必要人数が揃うまで二、三日はかかるかなと、楓は思ったが、あっさり午前中で英二にクリアされた。しかも顧問先生のサインもちゃんと所得済み。一度受諾したらもう、男として引き下がるわけにはいかない。 今更だけど、楓は英二にまんまとだまされた気がしてならない。 「何の用かしら」 広々として生徒会室にただ一人書類を読んでる女の子が楓に目もくれずに言った。 「新しい部活を作りたいんですけど」 「顧問先生の許可はもう貰った?」散乱した資料を整理しながら女の子が言った。 「はい、これが申請書です」 慎んんで楓は申請書を渡した。 「ふんー、究極競技研究部ね」鼻で笑いながら女の子はさらに言う「サイヤ人でもなりたいのかしら?」 「い、いいえ」 くぅぅーっ。悔しいが、楓もこのネーミングを初めて聞いた時同じようなことを考えた。 「あなた、天川道場の人だよね?」急に机の向こうに女の子が真面目に聞いてきた、そこではじめて顔を上げて視線を楓に向けた。 生徒会長の情報力に驚きながらも楓は彼女の端整な顔立ちに見とれてしまった。 絵に描いたような五官、目も鼻も口も調和性を保ちながら各々の美しさを主張する。まるで宝石のような琥珀色の瞳、東洋人特有の小さいスッとした鼻、ピンクの唇間から覗かせた白い歯並み。初対面のはずなのに、楓は思わずこの人の笑った顔、喜んだ顔、泣いた顔、悩んだ顔が見たくなった。 「ね、聞いてる?」 感情のこもってない声に楓は自分の伸びた鼻の下に気づいた。 「は、はい!」慌てて切り替える。 「なら剣道部に入ったらどうだ?県大会予選一回戦止まりのバカばっかりだけど、あなたが作ろうとしてる究極とやら部は何倍もためになると思うわ」 どことなくバカにされてる気がするが、向こうの表情は一切変わっておらず、楓は彼女の提案の真意を測りかねていた。 「それが、実は素人からこそ普段の稽古に気づかない点に気づいてしまったりするんです。それに、この申請書にサインをしてくれた仲間たちも自分の練習の場所や、一緒に稽古してくれる人を探しているので、この両方を提供してくれるこの部活は私たちにとって結構大事だと思います」 とりあえず英二と打ち合わせていた言葉で誤魔化して見せた。 すると、生徒会長はゆるりと再び分厚い書類に手をかけ、読み始めた。 「綺麗事ばっか」 幻聴でも聞こえたかと思ったら、やはり生徒会長の声だった。  「どうせあなたたちろくでもないことしか考えてないんでしょ?だから男なんて大っ嫌い。まあいいわ、受理しておく。」 かー、マジなんなんなだこの女?異常な腹黒さを垣間見たような気がして、楓は少しでもこの子を可愛いと思ったことに悔しく感じた。 「まだ何か用?」楓が動いてないのに気づいて、顔を上げて聞いた。 「いえ、あの、部室は…」 「部室割りは追ってお知らせするわ。あと初年度は自治会からの予算出ないので、必要な部品は全部自分で調達しなさい。あと…さっきからズボンのチャック開いてるわ」 ひーー、必死な思いで股間を抑えながら失礼しますと叫んで退室する楓。一方、生徒会長は楓の反応に全く気にせず、五分前と同じ姿勢に戻ってしまった。 「ったく、英二が来たがらないわけだ。あんな女もう二度とかかわりたくない」不機嫌そうにつぶやきながらチャックを閉めて階段を降りていく。 紹介しておこう、楓が先にあっていた女の子の名前は獅堂りりか、高校三年生、桜南学園生徒会長、名前がかわいい上に顔もかわいい、スタイルも抜群、おまけに大の男嫌いで、潔癖症。二年生の時に10人の男子に告され、当然の如く全部振った後、内の三人が鬱入院1か月となるまでの毒舌を浴びせた。そんな伝説があってもなお男子から絶大の支持を得て2年連続生徒会長を務める。このことはもちろん楓はまだ知らない。 教室に戻ったとき英二はすでにいなかった。多分こんなに早く部室まで獲得はできないと分かって先に帰ったんだろう、と理屈までは分かってるけど、やはり少し不満を感じる楓。 「同じ方向なのになぁ、つれねー」 と愚痴りながら英二がしつこく追っかけまわってる女の子がいるってことを思い出したらあっさり納得した。 「まっ、帰ろっか」  いつものように学校から歩く10分、楓は商店街の裏通りについた。 もともと古い区画で、商店街も隣り街道に新しくできた大型ショッピングモールのせいで、昔のような繁盛な風景はすっかり消え、日々衰えているような錯覚さえさせる。 楓が今立っている通りはその商店街と後ろの雑居ビルの間にできている。雑居ビルのほとんどは今人が住んでるかどうかすら怪しいほどに錆びかけ、もう二、三年すればここも市役所の再開発議題に上がってくるんじゃないかと思わせるくらいだった。 昼からこの通りを利用する人が少なく、夜になったらまさに通り魔が出てきてもおかしくない雰囲気だった。けど今日は特に匂う、何か事件が起きそうだと直感が楓に告ぐ。 ちょうど20メートル先にタバコの煙が一本漂ってることに気づいた。 近づくと、人一人通れるくらいビルの間に不良と思わしき男がうんこ座りでタバコを吸いながら、入口を塞ぐようにしている。 近く人が来たことに気づき、ゆるりと頭を振り仰いで楓を睨む。 何も見てないふりして立ち去ろうとした時に奥のほうから女の子の叫び声が聞こえてきた。 「たすけっんぶっんぐっー!」 続いて何かがもがいてるような鈍い音が同じ方向から聞こえてきた。 言うまでもなく楓は状況を理解した。表のいる不良はおおよそ見張りや人払い、路地裏の奥には多分二人以上の不良が先助けを求めた女の子に暴行を施そうとしている。 はぁー、と心の中でため息をついて、聞こえなかったふりして前を歩く。男だったら無視できたのにな。 子供のころから困ってる女の子は必ず助ける、ということを固く誓った。理由は至って簡単、そのほうが男らしいからだ、おまけに女の子と仲良くできるチャンスにもなったリする。 不良の姿が完全に建物の角から消えたとき、楓は鞄を適当に壁際に置き、「うわー爆乳だ」とわざ不良にも聞こえる音量で言った。もちろん爆乳も微乳もいるはずがない、ただの嘘だ。 すると不良が興味津々と緩んだ顔だけを壁際から覗かせた。 その機を待ってたかのように、楓は思い切り無防備な顔面に足スタンプを見舞わせた。その衝撃で頭からダンゴムシのようにぐるりと地面に転がり、そのまま顔面を抱えて不良は呻きながら動かなくなった。 少々やりすぎたと思ったがすぐに切り替え、楓は女の子を助けるべく道の奥のほうへと進んだ。だんだん乱暴な足音と肢体が地面にぶつかる音がはっきり聞こえてきた。心臓が早鐘を打つように、楓はこれから発生するであろうことを頭の中にシミュレーションする。向こうの人数によっては、助けになるところか、自分自身の身も危ない、さっき倒した奴もいつまでも地面に這いつくばってるとは思えない。だがそんなことどうでもいい、とりあえず暴行を止めなければ。 突き当りに左折、そこにちょっと広い場所があった。おそらく臨時の粗大ごみ置き場に使われていたんだろう。隠れて悪事を測るのにかっこの場所だ。 男が三人、真ん中に少女一人。横の二人はそれぞれ少女の右手と左手を動けないようにきつく捕えている、残りの一人は手で少女の口を塞ぎながら、空いた手で少女の体中を乱暴に触っている。するほうもされるほうも楓の出現に気づく余裕なかった。 「そろそろ諦めたらどうだ、姉ちゃん?こんなところで誰も助けに来やしねえって」 女の子は目をつむってひたすら首を横に振った。多分体力も随分使ったんだろう、体がぐったりとしていた。 「さてと、そろそろ行くか」 と正面の不良が少女の上着に手を掛けようとしたとき、左足のひざ裏に強い衝撃を感じ、次第に全身のバランスが崩れ、ずるっと少女に体の重心を凭れながら跪いた。楓が関節を狙って強い蹴りを入れたからだ。 突如目の前に発生した事態に戸惑いを感じる隙も与えず、楓の右正拳が左の男の顔に炸裂。すると相手は「ぐー」と声を漏らし、よろめきながら尻を地面についた。残った一人が状況を認識して距離を取ろうとしたが、楓は先の正拳の勢いで、腰に力を入れ、右腕を振り戻し、最後の一人の鼻梁を狙い定め、肘で激突した。うわー、こりゃやりすぎた、と倒れてゆく不良を目の端で追いながら、楓は有無を言わせず女の子の手を取って、強く引っ張った。 これまでの出来事はほんの数秒だった。異変を感じて目を開いた女の子は状況を飲み込めず、パニックったまま小さく悲鳴を上げた。 「さ、逃げるぞ!」 傷は負わせたが、10秒も待てばまた立ち上がって追ってくることを予想して、楓はまだショック中の女の子を引きずるようにして走り出した。 やがて女の子も正常な思考が働き、自分の足で走れるようになった。 そして案の定、入口に倒れていた不良はすでに起き上がり、首の関節がまだ痛いであろう、手を首にあてながらよろよろと通路の奥に歩いてきた。脱出してきた楓を見て、中の三人がこんなにも早くやられたことに驚きを隠し切れず、一瞬怯んだ。しかしこんな狭い道では大人一人で体を張ればネズミ一匹も通れなくなってしまう。意を決したように、大の字になって通路を塞いで仲間の支援を待つ。 「逃がさねえぞ」と楓が攻撃体勢に入るのを見て、足を固めて受け身を取る。また顔がピリピリしたのを思い出して、両手を交叉して顔面だけディフェンスした。すると次の瞬間に股間から激痛が走った。それは男なら誰でも、程度の違いはあれど、味わったことのある、しかし決して二度と味わいたくない体を抉るような痛覚。 「てっめぇっ!!顔と、息子っ、だ、けはっ!!」痛みで声を出すのもままならず、へなへなと地面に崩れ落ちた。 「悪り!」とちょっとだけ複雑な気分で女の子の手を繋いだまま「障害物」を飛び越えた。 この事件ではこの見張り役が何の得も得ないままで、二度と楓に文字通り「痛い目」にあわされ、さらに追い打ちをかけるように、攫ってきた女の子にも踏まれた。 袋小路から脱出5歩走ったところ、背後から怒声が聞こえてきた。 「てんめー、待ちやがれえ!」 ゴゴゴゴ、と怒りが感じ取れるほど先の人たちは激怒している。 やばいな、女の子を連れたままでは人の多い通りに出る前に追いつかれてしまう、と判断して、楓は振り向いて出てくる人数を確認。 まず出たのは一人、二人、そしてもう一人。急所をやられた奴は暫く再起不能らしい。 追っ手たちの距離が10メートルを切ったときに、楓は手を放して女の子に向かって叫んだ、 「走れ、大通りまで走れ、ここは俺が何とか時間稼ぐから、とりあえず人の多い場所いって助け呼んで来い!」 なんてかっこいい男子!心の中で自分に向かって喝采し、女の子もそう思ってくれているに違いないと考えるとさらに興奮する楓。アレドナリンで酔ってしまいそうだ。 しかし女の子は逃げる一心で、ちっとも感動されてないようだった。 まあ、それも仕方ない、あんなひどいことされた後だしな、と楓は納得して、ぴたりと足を止め、振り向いて構える。 パッと見ると走ってきてるのは二人だけで、一人欠けてる。まさか作戦まで考えてきたかと思ったが、その心配もむなしく、残った一人はペタリと地面に倒れていただけだった。多分膝の関節をやられていたほうだ、まだ足の自由がきいてないかもしれない。よく見ると他の二人もすごい形相だった。表情は表情でそれは怖かったけど、鼻の下にたらりと鼻血を浮かべている。 楓は思わず絶句した。どこかで相手のことを可哀想に思えてきた。 おっと、油断大敵。と再び臨戦態勢に戻る。 まず一人目が「はー」と拳を掲げて勢い任せで突っ込んできた。 攻撃を見切って、出された腕を両手で捕え、重心を低めて、肩を相手の懐に潜りこませた、そして慣性を利用して、肩を支点に不良を背負い投げた。 「ぐぷっ」受け身の練習してなかった上に固い地面に投げ飛ばされたらかなり痛いはずだ。 姿勢を整え、残った一人に向き直る。 するとさっきまで威勢よく襲い掛かろうとした不良が急に動きを止めた。 「おい、こいつ柔道やってるぜ」と口だけが多分後ろの倒れてる奴に向けていった。 柔道はやってないが、剣道はやった。と楓は心のかなで突っ込んだ。 と言っても、道場内で楓に勝てる人がいないせいで、結構昔から楓は竹刀を捨てて道場の弟子たちの稽古に付き合ってきた。それで格闘術とかいやでも身に付けた。 「ぉおのれえ、足がいうこと聞かねえ」後ろに倒れてる人が上半身を起こして、携帯を取り出した。 「仲間呼ぶから何をしても、こいつを逃がすな」 「た、玉がああ」もっと後ろに内股でよろりよろりと歩いてくる最後の一人も現れた。 潮時だな、とさすがにこれ以上粘ったら自分の身が危険なので、楓は一目散に逃げ出した。  「高校生?165センチくらい?おお、パーマで髪が短い、お、、わかった注意しとくよ、んじゃ」 はっきり聞こえたわけではないが、横目で注意を払いつつ、楓は顔を伏せ、先から電話してる男の横を通る。 「おい、君、ちょっと待った」 が、呼び止められた。 ちくしょう、しつこいぞ。ちょっとだけ楓は後悔した。 あれから10分、ようやく最初の一人を振り切ったと思いきや、すでにあちこち自分を探してる人が現れはじめた。ショッピングモールまで来れば諦めてくれると思ったが予想以上の執念だった。しかもその集結力、かなりピンチかも。とりあえず走れ!と後ろの人の疑いが確信になる前に再び全力脱走。 「おい待てえ!」しまいかけた携帯を取り出し、男は楓を追いながら携帯に向けていった、 「おい、いたぞ、1階のスーパー前、今東に向かってる。とにかく追うから、後でな」 やっべ、こっちゃろくに休憩もしてねんだよ、いくら体力に自信があっても、こんな大人数に追われりゃいつか捕まるぞ。とスーパー前の駐車場を駆け抜けながら頭をフル回転し必死に打開策を考える。 「交番?いやいや遠すぎる、どこか保護してくれそうな場所を…」 と、その時だった、隣の車の影から大きな手が現れた。 「きゃっ」ていう楓自分もびっくりするほどかわいい声を出しながら、この大きな手に腕を掴まれ、車内に引っ張り込まれた。 急に視界が暗くなった。 「あら、大ピンチじゃない」 聞き慣れない野太い声が楓の横からした。 「だ、誰?」 まだ息継ぎが激しく、楓は目を細めて隣の人を見た。 明らかにキャラデザの違うどこかの世界から迷い込んできたかのような、これ以上ないほどの四角い顔、顔の構成要因も彫刻されたように太い輪郭を持つ、しかもどこもかしこも濃い化粧が施されており、さらに声と仕草がとにかくキモイ。楓からの印象でいうのならば、漫画でよく見るオカマの一言に尽きる。 「私が誰だって構わないわ。それよりあなたよ。このまま外に出たら確実に捕まれるわ」 「あ、ああ」 敵意がないことを確認できて、楓はどこかでほっとした。 「捕まれたらどうされると思う?」 「さ、さぁ」 考えたくもなかった、自分が向こうにしたことは今も足から、手先から感じ取れるほど鮮明に覚えてる。多分相手のほうは痛みよりも屈辱からの憤怒のほうが多い――獲物を逃がされ、4人とも無惨にやられたこと。 「まあ、こんなかわいい男の子を好きのようにできるからね、そりゃまあ、あんなことやこんなことや…」 「や、やめてー」これ以上聞きたくないと頭を振る。 ドタバタと車の外に数人が走り回っている足音が聞こえてきた。 「ここら辺でいなくなったんだ、どこかに隠れてると思うぜ」 「くっそ、んにゃろう、見つけたら皮ひんっむいてやるぁ、探せ、ここをくまなく探せ!」左足を引きずってる人だった。 「あらあら物騒だわ」 涼しげにコメントする身元不明の「オカマ」と正反対に、楓は頭を抱えて、かなり動揺した。 よーく考えれば全部自分が悪いんだ、かっこつけずに女の子と一緒に逃げればよかった。そすればたとえ追いつめられてもまるで負ける気がしない。なのに一人ぼっちでむさ苦しい野郎達から逃げなければならないなんて、助けた子と会話もまだしてないのに、感謝の言葉もまだ聞かせてもらってないのに、くぅっ。あ、そういえばまだ女の子の名前も、名前ところか、緊張して顔も見てなかった!と痛恨のミスに気付いた楓はシートを叩いた。 「あらあらまあまあ」あくまでも傍観者といった口調で「オカマ」は楓の動きを眺めた。 「こちもいねえぞ、車ん中に隠れたりしねえか?」再び外から声が聞こえてきた。 そこではじめて楓は冷静に自分の置かれている状況を見た。 外にいる「敵」は大よそ7人か8人、車から出たら確実に安全な場所に到達する前に捕まれる、かと言って、ずっと車にいるのも安全じゃなくなったらしい。そしてこの怪しい男だ。敵意がないのは確かだが、そもそもなんのために自分を助けてくれた、今の状態が助けたといえるの話だけど。一番気になるのは彼の何もかもお見通しのような悠然とした態度だ。多分、現状打破にはこの男を頼るしかない。 「あの、急に申し訳ありませんけど、お願いしたいことがあります」とまっすぐに「オカマ」を見つめる。 「おや」 「車でどっかへ連れてってください、どこでもいいので!」ぺこりと頭を下げる。 「うーん、そうだねぇ、連れてってあげたいのはやまやまだけど、私免許持ってないからねぇ」 「えっ」 しまった、車で強行突破すれば助かると思ったのに、まさかの無免許! 萎えていく楓を見て、男はにっと笑った。 「助けてほしいと思うのなら、考えはあるわよ」 「へ?」と不意の言葉に間の抜けた返事になってしまった。 「変装よ変装」語尾にハートマークがつくくらいに、楓に向けてウィンクを送る。 「へんそう?」 「今の姿のままじゃすぐに見つかれてしまうでしょう?だから楓が楓だってことをばれないように変装すればいいわ」 「それはそうだけど…」 変だ!どこが変とまでは言えないがとにかく変だ!だけど楓は拒絶することができなかった。 「いいわね?」オカマは乗る気満々だった。 「大丈夫でしょうか…」 「私に任せなさい!さあ、目を瞑ってー」 言われた通り目を瞑ればチョキチョキと散髪はさみの音が聞こえてきた。 なんであんなものまで用意してたの?!と驚いたがすぐに鼻腔を刺激する芳しい匂いに注意を引かれた。なにそれ、と夢中に匂いを嗅いで、次第に全身が涼風に当てられたようなすがすがしい気分になった。あ、変装ってこんなに気持ちのいいことなんだ、と感心しつつ、いっそイケメンに変装できたらなおいいななどと考える楓であった。ちなみにイケメンになるというのはもう変装じゃなくて変身だ。 陶酔にも近い気分で数分、とんとんとん、と窓が叩かれた音に楓はパッと意識を取り戻して目を開いた。 「すんません、ちょっといいっすかあ」 やばい、奴らがすでにここまで来ていた!と助けを求めるように隣に目をやった。 が、そこにはもとから誰もいなかったようにガランとしていた。目を見開いてぱちくりさせてもやはり人なんていなかった。 よ、妖精さん?なんて非現実的な考えが頭によぎったその時、車の後ろドアが開かれた。 「ちょっと失礼。あ、姉ちゃん、ここら辺高校生の男子みなかったか?」 と言いながら頭を乗り込んできたが、楓は極力視線を伏せて「い、いいえ」と言った。 「そっか」と言ったものの不良は諦めきれず、腰を下げて楓の顔を見る。 「おお、姉ちゃん綺麗っすね!」 だが言葉は聞こえてもまだ理解できず、楓は緊張のあまりで不良を押しのけて車から出て走るように去った。 「な、なんなんだ?」 残された不良は不思議そうに頭を掻くだけだった。  駐車場を抜ける途中、幾度か不良たちに視線を注がれたが、特に追ってかかる様子もなく、ほっとした。 ともかく変装成功だね、と心の中に呟いて、緊張をほぐすように深呼吸した。すると下半身がすうすうして、いつものズボンの感触がなかった。訝しげに視線を下ろした。 「なんじゃこりゃあああぁああ!!」と思わず絶叫。 なぜなら今楓が穿いてるのはズボンではなくスカートだった。体の他の部分を確認すると、グレーのブーツから上に白黒のオーバーニーソックス、生足をちょっと覗かせる際どいといえるくらいの短い白レーススカート、上着は紺色のレザージャケット、中にブラックのセンター、首の回りはふわふわのかわいいピンクマフラー、先から頭の上から頬の両側にさらさらとした感触があったと思えばセミロングの茶色カツラだった、しかも全身漂う香水の匂い、車の中に嗅いだ匂いだ。 確かにあのおっさん変装って言ったけど、俺制服を脱いだ記憶ないし、こんな全身と言えるほど着替えた記憶もない、それところか、触られた覚えさえなかった。なのになんだ今の姿は、もうすでに変装を超えて、深夜アニメでよく出る変身魔法少女みたいじゃないか! と思った途端楓の全身が凍った。 ま、まさかなぁ、はは、と恐る恐る男の一番重要なところに手を伸びた。 お、あった!よかったぁ、よかったー、と男としての象徴の存在を確認できて、楓は脱力したように胸を撫で下ろした。 ずるりと何かが肩から滑り落ちた。ハンドバッグだった。 こんな物まで、と感心しながらしゃがんでバッグのファスナーを開けて中身をチェック。 よかった、制服ちゃんとあった、靴もだ。これでどこかで着替えれば万事解決だ!安心する楓だったが突如一枚の布に気づいた。 「ぱ、パンツ…」 え?な、なんでえ?なんで自分のパンツがハンドバッグの中に?いつの間に??それより、今何履いてるの? 不安で不安でどうすればいいかわからない楓に追い打ちをかけるように突風が横切った。 「きゃああ」と悲鳴を上げ必死にスカートの裾を抑えようとしても慣れない行動がなかなかうまくいかず、 「うっほー、水色の縞パン!」 と後ろに小太りのメガネ男性がこれぞと言わんばかりに背中のリュックからカメラを取り出して、人間とは思えない俊敏さで楓を捕えつつ角度を変えてシャッターを押す。 ぐったり楓は地面に座り込んだ。 もう終わりだ、俺の人生、これからは変態の名を背負いながら生きていかなければならないんだ。 などと絶望してるうちに後ろに声がした。 「やめてください、彼女困ってるじゃないですか!」 そして近づいてくる足音。 「あの、大丈夫ですか?」 顔を上げて、ちょっと涙ばんだ目で声かけてきた人を見上げる。 手を差し伸べるサラリーマン風の男性が楓と目を合わせた途端、顔がみるみる赤くなっていく。 「あ、あーの、怪しい人じゃないんだ」と慌てて目を背いて「そ、その、僕たち広場のステージに丁度イベントやってて、もし興味あったら是非参加してください」 無論この状況でイベントなど参加する余裕あるはずもなく、差し伸べた手を取って立ち上がる、きちんと断ろうとして時、目の端から8人ほどの男の群れが現れた。 「だからこんな人数で高校生一人も捕まえないとは、なさけねえと思わねえか?」 「徹ちゃんもいたけど」 「ああん?」 見られてることに気づきとじーっと見つめ返してくる。すると「お、さっきの姉ちゃんだ」と真っ直ぐ楓のほうへ歩いてくる。 切実な危機感の前で、変態だの変身だの変装だの全部忘れて、楓はぐいとスーツの男の手を引っ張って「行きます、参加します!」と言った。 「おっ、お!じゃ案内します」照れながら楓の前を歩く。 しかし楓が赴いているイベントがどんなイベントなのかは、彼自身もまた予想もしなかった。  「あっ」手を伸べ呼び止めようとした徹だが、前の女はすでにいなくなった。 「嫌われてやんの」 「うっぜ…結構美人だな」 「いや、かなり美人だぜ」 「ぜっぜっ」 四月の昼は短く、ちょっとしたトラブルであちこち走ったらもう夕焼け空になったいた。まだほんの少し暖かさを帯びた日差しに照らされて、楓は両手を膝に突いて荒く息を吐いていた。 住宅街の夕暮れは通行人が少なく、それでもたまに行き交う人から注目を浴びる。 振り向けばやはり20メートルくらい後ろの物陰に何かの気配を感じる。 まさか人生初の、しかも最後になるであろう女装がストーキングを経験させられるとは、もはやこの世は狂っているとしか言うようがない。 最初にストーキングに気づいたときは例の不良の仲間と思って、結構速足で人の多いところばかり選んで撒こうとしたが、一向離れてくれる様子がなく、かと言って楓が立ち止ってるときも距離を保ったまま近づこうとしない。単なるストーカーと踏んで、何回か突撃でUターンしても、やたらに逃げ足が速く、姿を捕えることすらできなかった。あれは多分ストーカーの中でも結構腕の持つものだ、少なくとも身体能力の面では子供時期から鍛えてきた楓に負けてない。 長時間履き慣れないブーツで歩いたせいで、足の裏が応えてきた。体力も実を言うと多分限界に近いところまで来ている。それにそろそろ家に戻らないと家族が心配し始める。 ストーキングされてること自体はそんなに楓を悩ませてはいない。今の女装が一番の問題だ。なぜならこの状態では容易に着替えられないからだ。普通の場合は人気のない公園の男子トイレなどで着替えれるが、監視されてる以上、男子トイレは入れなくなった。さらに紳士であれと決め込んだ楓には女子トイレに入るなど言語道断。 どこか着替えできる場所ないかなあ、この姿で家に帰るわけにもいかないし。と、途方に暮れる楓だった。 携帯を取り出してアドレス帳をめくる。 だめだだめだ、野郎にはこの姿を見せたくない、見せちゃいけないのだ。元からばかにされてたのに。女子も…いやいやいや、こんなこと知られたら俺の望んだ夢のような高校生活が泡のごときに… 大して暑くもないのに汗が楓の額に滲んできた。 急にぴたりと指が止まる。 おお、林檎ちゃん!とまるで救世主でも見つけたように楓はすぐさま通話ボタンを押した。 この林檎ちゃんという人は楓の従妹で、一つ年下けど飛び級で今の楓と同じ高校の一年生。普段の接点は少なかったが、昔から結構仲良かったりする。そして彼女を選んだ最もの理由は彼女が不愛想だからである。しかし、不愛想なのは外見だけで、内心は優しくて面倒見のいい女の子だった。もちろん彼女のこの一面はごくわずかの親しい人間だけが知っている。不愛想ゆえに無闇に人のことを言い振り回したりしない、口も堅い、それに彼女なら多分説明すれば今の状況を理解してくれると楓は信じた。 ドゥ…ドゥ…ドゥ…ガチャ 「もしもし!林檎ちゃん!」つい声が弾んでしまう。 『もしもし』 「おぉおれだ!」少し声を抑えて言う。 『おれおれ詐欺かですか』相変わらず林檎風の棒読み。 「違う、俺だ楓だ」 『楓さんか、どしたの』 「今家にいるの?一人?」 『うーん、はい』 「よっしゃあああ」と思わずガッツポーズを作った。 『なに、両親の不在を狙って従妹にエッチなことでもするの』 かつての人生最大の危機を乗り越えた喜びに浸ってる楓が従妹の冗談を軽くスルーした。 「邪魔していいよね?てか邪魔させて。今すぐそこに来ているから、すぐに着くと思うわ。じゃまた」 『ちょっとっ』 ぽちっと問答無用通話ボタンを切った。 これで晴れて俺は男に戻れるのだ!ストーカーさんもおさらばだ、ははは!と思うと足取りも少し軽やかになった。 5分後。 ピンポンとドアベルを押してる間にちらっと左後ろの藪に目をやった、案の定黒い影がそこにあった。 待ってろ、待ってろよお、あなたが待ってる人はもうこれから一生会えないんだから、かかかか。と被害者から一気に加害者になれて楓はとても爽快な気分だった。 「はーい、鍵かけてないから勝手に入って」部屋から林檎の声がした。 「おっじゃましまーす」ドアを開けてわざとストーカーにも聞こえるような声で言った。 「うわああー助かったよ」 玄関で靴を脱ぎながら近づいてきた林檎の足音を聞いて感謝の気持ちを込めて言った。 「だ、誰ですか?!」 予期せぬ言葉にきょとんとした顔で見上げる。 「誰ってっ」 一歩下がって更に警戒する林檎だった。 ふとあることに気づき、楓は頭を傾げてカツラを引っぺがした。 「これで分かるだろ、な?俺だよ」 近づいてまじまじと楓を見つめる。 「か…えで、さん?」 「おおよ」ほっとして再び靴脱ぎの作業に戻る。 しかし林檎は目の前の不審者の正体が分かってもかかわらず、「えー」と言いながら更に近づいて楓を嘗め回すように観察する。 「な、なんだよ」少し後ろに引いて林檎の気迫に圧倒される楓。 するとようやく観察し切ったように、林檎は元の位置に戻るが、むむむと目をつむって考え込むように唸った。暫くして納得いったように、とん、と手を叩いて目を開く。 「あぁのー」何について納得がいったのかは知らないが、とりあえず状況説明を最優先にすべく、口を開いた。が、言葉が届かないうちに林檎は、たたたっとリビングを抜けそのまま駆け足で二階へ登って行った。なんなんだ?と呆気にとられて、少しボーとしたが、手の中のカツラが気持ち悪く感じて、置ける場所を探してともかく家の中に上がった。 親戚の家とはいえ、こんな一人ぼっちな状態になるとやはりなかなか落ち着かない、今の楓の姿ならなおさらだ。 「あいつ何やってんだ」とつぶやいてカツラを邪魔にならないように適当に目の前の椅子の上において、階段のほうを見た。二階からわずかながら林檎がタンスや押し入れを開け閉めの音が聞こえてきた。 どことなく楓は嫌な予感がした。 とんとんとんとん、と階段を降りてくる音がしたが、林檎は見当たらない、というか衣服の山積みが勝手に階段を降りて、どんどんこっちに向かってきてる!思わず身を固める。 「よいっしょっ」衣服の山積みが楓の目の前に止まり、後ろから林檎の小さな頭が現れた。 「ふぅー」と額の汗を拭きながら、一息した後、どんと衣服を叩いて「ささ、選んで選んで」 わけのわからない展開に驚愕し、口を開いたまま林檎と彼女が持ってきた物を交互で見る。 目の前の服の山には、ワンピース、コート、ドレス、ブラウズ、着物などいわゆる女性のコスチュームが沢山積まれている、その中には数か月前に林檎が着てた中学の制服もあった。その横の林檎はというと、片手を腰に当てて、どこか興奮気味でまぶしいくらい目を輝かせながら楓を見つめてる。 あ、こりゃあ、変なスイッチ入ったな。しかも要らん誤解されてるし。こめかみを抑えつつ楓はしゃがみこんだ。そりゃ、誤解されないほうが難しいかもしれない、でも、いくらなんでも、あんな期待してるような眼で見られては、こっちまで動揺してしまうじゃないか!いかんぞ、俺は変態なんかじゃない、俺は紳士だ、紳士と書いて、紳士と呼ぶ紳士なんだ。まず誤解を解かないと。 おほん、と立ち上がり咳払いする。 「あのな、林檎ちゃん、今から話すことは全部事実だ」 こくこくと満面の笑顔で頷く。 「俺は女装癖じゃない」 「……」笑顔が少し固まる。 「俺は女装癖じゃない」あくまで真剣な顔で二回言った。 少し間をおいて林檎の反応を待ったが、全く反応を示さず、だから楓はここに来る途中予め用意したセリフで要領よく今の姿に至ったことの顛末を伝えた。 林檎が石化していく音がした。 「おい、大丈夫か?」手を林檎の目の前でふらふら振っても反応がない。 ようやく動いたかと思ったら、顔を真っ赤にし、すごい勢いでさっき持ってきた衣装を片付けてひょいっと持ち上げ、一直線階段へ向かう。が、足が下のはみ出た衣装の布を踏んで転がる。楓が手を出して手伝おうとしたが、思ったよりもはやく林檎が立ち直り、無言のままで衣服の山を抱えて二階へ上がって行った。 相変わらず考えることがよくわからないな。とりあえず変なことされずに済んでよかった。と、ほっとする楓。 ほどなくして林檎が降りてきた。いつもの無表情に戻った。違う、多分いつもよりも無表情だ。 「あっ」 声を出す前にさっと林檎が手を出して制した。 「忘れて」 「えっ」 また楓が言葉をなす前に林檎に遮られた。 「忘れて。忘れろ!さっきは何もなかった、いいな!」 脅迫に近い眼差しで見つめられてつい弱気になって「お、おう」と返事をしてしまった。 すると林檎周囲から漲る殺気が消え、林檎の表情もほんのちょっと柔らかくなった。 少し沈黙した後、楓が口を開いた。 「まっ、まあ、というわけで、とりあえず着替える場所を借りたいなぁ」 「トイレでご自由に」やっぱりまだ少し怒ってるみたいでぽいっとそこを向いた。 「おっ、サンキュー」林檎とは真逆にとうとう解放の許可が出て、楓は一秒でも早く男に戻りたいと、トイレに駆け込んだ。 ぐぬぬ、とちょっぴり悔しい思いで楓の背中を見る林檎。いつからだろ、林檎はあることに執着を持つようになった。それが、楓の女装姿を見ることだ。もちろん紳士な楓はそんな恥ずかしいことするなんて到底不可能。だから今日楓のあの姿を見て、つい紳士も目覚めた、と思ったらとんだ見当違いだった、おまけに自分の変な趣味が楓にばれてしまった(多分)。いや、違う、林檎のその趣味は至って健康で、健全なんだ。それは美への探求心だ。世の中の男が女装したがると同じように、林檎が女装の楓を見たがるのもその美への探求心から生まれたごく自然な感情だ。 名残惜しそうにトイレの様子を覗こうとする林檎だが、突如すごい勢いで出てきた楓を見て、慌てて背を向ける。 そんな短い時間で着替えなど当然終わってるはずもなく、楓は入った時と同じ格好だった。何しに出てきたと思ったら、先椅子に置いたカツラを掴んでまたトイレに入った。 何だろう、と怪訝そうに林檎もトイレに入った、そこに楓が洗面所の前でカツラを自分に被せながら見入るように鏡を凝視してる姿があった。 三十秒経った。そこではじめて楓は林檎の存在に気づいた、そしてさっきの自分の怪しい行動にも。 「あ、いやっ」と慌てて弁解の言葉を探す。 「ね、かわいいでしょ!」林檎のほうはすでに先見せた目の輝きを取り戻していた。 「くっ」 反論できない。鏡の中の自分を見て一番驚いてるのは彼自身だ。毎朝、毎晩、何度も何度も見てきた馴染みの自分の顔のはずだが、鏡の中に映ってるのはこの世には可憐すぎるほど秀麗な少女の顔だった。もとのベースがよかったために、ほんの少しの化粧で化けた。前髪に半分隠された眉毛が柔らかい線を描いて、その下、つけまづげなど使わなくても十分気を引けるほど長い睫、瞳が大きく見える黒のコンタクトが正しく点睛の一筆、楓の目を絶妙なバランスで引き立ててくれた。そして何を言っても採りたての桃のような肉感たっぷりのピンクの頬。どの部分みても元の楓の影はあったが、全体からみるとやはり別人みたいだ。 「通りで林檎ちゃんが最初に気づかなかったわけだ。」玄関でのやり取りを思い出して自分の顔を見ながら楓は言った。 「うむうむ」と激しく頷く林檎。 「しかし、俺こんな肌したっけ」自分の頬を触って不思議そうに言う。 「それが化粧の力」 「むー」いまだに化粧の力の偉大さがよく理解できず、楓はふと一つ思い出した。 「そういえばあのオカマ一体何なんだ?なんか最後に俺の名前呼んだ気もするけど。それにこの服どうすればいいんだ?」 ほほー?少し興味ありげに林檎は首を傾げた。どうやら楓のいうオカマって人がすべての鍵みたいだ。無論、楓を女装させるための鍵だ。しかし楓の描いた彼はどう見ても非現実的すぎて、そもそもあんな格好、コスプレヤーさえしない。もしかしたらはなから楓の見ていたオカマなんて存在しなかった。お!それはそれで脈ありかもしれない! 何かを思いついたようにまた興奮気味になった林檎だが、すぐに楓の後半の問題に気づき、気を取り戻した。 「この服ならとりあえず私が保管してあげよう。ちゃんといつでも着れるように綺麗に洗濯するから」 「そういうんじゃないけど…まいいや。てなわけで、着替えたいんだが」上着だけを脱いでから動きを止めて、林檎を見る。 「男なんだから恥ずかしくない」なんて言いながらも林檎はおとなしく撤退した。 今日の林檎は大満足だった。 少しあと、楓はきっちりと化粧も解け、数時間前の彼の一番男らしい姿に戻った。 「ひゅー爽快爽快。やっぱりこの姿が一番落ち着くわ」と言いながらトイレから出てきた。 「女装したいときはいつも言って、応援するから」 「ノーノーノー。俺は女の子が好きだ。自分が女になってどうする!」 イケメンセリフが楓の全く女の声にしか聞こえない声で言われて、林檎はどこかおかしく思ってくすくす笑った。 「ちょっ、失礼な奴だな。まあ、今日は世話になったし許す!そろそろ帰らないとやばいので、また学校でな!」と手を振って帰ろうとしたが急に止まる。 「んー、なんか物足りないなぁ」右手が習慣的握りしめたが、手の中には何もなかった。 「あっ、鞄!」 「えっ!」 翌朝、桜南高校の校門前にいつもと違う風景が見えた。 金髪、茶髪と赤髪のいかにも悪っぽい顔をした五人の男が正面入り口の横にいた。 「うっひょー、この学校の女の子レベル高けー」 「まったくJK最高だぜ」 「あぁーもう少し、もぉう少しで中が見えそう…」 ウキウキしてる三人と違って、残りの二人は冷静だった。 「な、徹さん、あいつ本当に来るのか」赤髪の男がちょっと不安そうに言う。 吸いかけのタバコを捨て、靴で踏みつぶした。 「さあ。でも一日でも早くあいつをぶん殴らないと怒りが収まらねえ」と左の耳たぶに三つのピアスをつけてる黒髪の男が言った。彼は熊本徹と言って、この辺にいる暴力集団のリーダー、昨日楓に足の関節をやられた男だ。 「にしても驚いたな、あんな女々しい奴にやられたなんて」赤髪は手にぶら下がってる鞄の中から生徒手帳を取り出してまじまじと見る。 「よく見たら女みたいだぜ」 「ったく、お前えらが弱えんだよ。大体何のためにお前を見張りにしたんだよぁ、やられたら屁くらい出ろよってんだ」足を上げて蹴りを入れようとしたがすぐに古傷が発作し、いででで、と膝を抱えてしゃがみこんだ。 「まだ痛いんっすか」 「ったりまえだ、お前こそやられてみてみろよ」 と言われたら反射的に下腹部に激痛が走ったような感覚で、赤髪は顔色を青くさせた。 「か、勘弁してください」 彼らはつい昨日、空が完全に暗くなるまで楓を見つけることができなかった。だが幸いなことに、彼らは現場に残された楓の鞄を発見した、それを手がかりに桜南まで突き止めた。 しかし土曜の学校に、楓が来るはずもなく、不良たちのグループもただ待ちくたびれてるだけだった。だんだん日が高くなって、部活で朝登校してきた学生も少なくなった。先までウキウキの三人組もすっかりやることがなくなり、立ったり座ったりタバコを吸い始める。 「そこの人たち」急に校庭のほうからよく通った綺麗な女子の声がした。 五人とも振り向く。 校門の10メートル先に、片手を腰に当て、真っ直ぐこっちを見据える女の子がいた。 「関係者でないなら即刻立ち去りなさい」 「ああん?」丁度いらいらしたところなので、徹は喧嘩口調で見つめ返す。 だが女の子は一切怯んだ様子を見せなかった。この反応を見て、かえって徹はむかついた。 「これが無関係と見えるかあ?」わざと足を引きずって見せた。 「あともう二人も怪我して家で療養中だ。こいつだって実は金玉やられてんだ」と赤髪を指す。 「と、徹さん、その話は…」女の子の前で玉の話をされて、赤髪は複雑な顔になってよそを向いた。 「そっ」 両手を胸の前に組んでゆっくりと目を瞑る。再び目を開けたときはすでに表情が冷え切っていた。 「要するに喧嘩がしたいだけですね」 すらっとした背筋に凛とした面構え、腰にも及ぶなめらかな黒髪が日差しを乱反射して、どこか神々しさすら感じさせた。ごくん、と思わず五人とも生唾を飲んだ。 「や、やられっぱなしは性に合わんからな」 ふん、と鼻で笑いながらまるでゴミを見るような眼で「場所を変えましょう。付いてきなさい」といって、踵を返して、校庭のほうへ歩いていく。 仕方なく不良の五人もわけの良くわからないままで言われた通りにした。 「おい、なんなんだよ、この女」 ひそひそと五人の間で耳打ちする。 「俺に聞くな!それよりみたか、彼女の顔?」 「いや、太陽が眩しくてよく見えなかったな」 「お、俺見たんだ!」 「「お?!」」 「ありゃあ、上玉だぜ」 「「おお!!」」 「ほら見ろよあの尻」 「うほーたまんねえ」 「触りてえ」 「俺はあの太腿の痩せ具合がちょうどいいぜ」 「言われてみれば!」 「ああ、俺はあの小さい足に踏まれてみたいなぁ」 「「…」」 赤髪のM属性が発覚されたすぐあと、一行は体育館の柔道場についた。 突如現れた不審者一味に気づき、十数名稽古中の学生が練習を止め、ひそひそと入口のほうを注目した。 「芥川君、芥川君いる?」女の子は上履きを脱ぎながら柔道場の中にいる生徒たちに向けて言った。 「はい、獅堂先輩」生徒のグループの中から長身の男子が前に出た。 「ごめんね、ちょっと練習試合がしたいの、場所借りるね。あと準備も宜しく」と言って、後ろの人に目もくれずに部室のほうへ向かってはいっていった。 「は、は…」呆れたようにため息ついた後、芥川と呼ばれた男子がテキパキと指示を出し始めた。 「はい、いったん休憩します。誰かひとり放送室、残り全員は片付け」 と言い終わると道場にいる学生たちがたちまち動きはじめた。 目の前に起きた理解不能な事態に不良の五人はきょとんとした。 「どうぞ、上がってください」と芥川が手招きする。 殴り込みに来たはずなのに丁寧に招待されて、不慣れを感じながらも素直に従う五人。 場内に入って、きょろきょろとしてるところに天井の端に設置されてるスピーカーから音がした。 『ピンピンピンポン…みなさん、只今獅堂りりかさんの練習試合が開かれます、観戦したい人は体育館に集まってください。繰り返します、只今…』 「なんだなんだ、何が始まるんだ?」混乱する五人の間に一縷の不安が漂った。 そわそわ待ってる間に、ぶるるる、と道場入口の左にある部室の襖が開かれた。途端、場内が静まり返った。そこに立ってるのはすでに柔道着に着替えた先の子だった。長い髪も邪魔のならないようにポニテールで束ねている。 「ごめん芥川君、待たせた」 「い、いいえ」ちょっと難しい顔する芥川。 すると同時に、片付け終えた柔道部員たちが道場の両側まで引き下がり、正座した。 「おい、ここまで呼んどいて、何するつもりだ」抑えきれず、徹が女の子に向けて問いかけた。 「あら」と女の子は口の端でかすかに笑いながら「喧嘩がしたいって言ったのはそっちじゃないかしら」と冴え切った眼差しで徹を見つめた。 「喧嘩つっても、相手が現れなければ…」と言い終わる前に、背後からゴゴゴゴの騒音がした。振り向いてみたらいつの間にか柔道場入口に人の垣が出来ていた。 「お、ラッキー、まだ始まってないみたいだ」 「間に合った!」 「相手は誰だ」 「おお、今度は不良っぽいのがいるぞ」 などとざわめき始めた。更に四方八方から学生がこっちに集まってきてる。 「おいこら、これはどういうことだ!」威勢をつけて言ったつもりが、あちこちから徹の焦りが見えた。 そんな動揺してる不良を無視して、女の子は道場の中央に立った。 「人も集まってきたので、そろそろ始めるわ。先ず、遅れたけど、自己紹介するわ。私はこの学園の生徒会長を務めるもの、獅堂りりかと言います。あなたたちは…」腕を組んで軽く五人を一瞥、「まあ、どうでもいいわ」  「なっ」不遜なりりかを見て、ついかーっときた徹だが、周囲のギャラリーをちらっと見て仕方なく言葉を飲んだ。 「今日ここにいるのも、さしづめ、昨日悪事を働いてる最中にうちの生徒に邪魔され、あまつさえ怪我を負わされた、それで報復しに来たってところかしらね」 ぎぃぃぃぃ、と歯が軋む音で反論することしかできなかった。 「学校の外であなたたちが何をしようとも勝手だけど、学校内で事件を起こそうとしたのなら黙って見過ごすわけにはいかないわ」 「言いがかりだ!俺たちはただっんぐっん…」赤髪が弁解しようとしたが徹に口を塞がれた。 「要するに何がしたいんだ?」 「あら、やっぱりリーダーは頭のいい人しか勤まらないのね。そうね、賭けをしましょう」 「賭け?」思わず眉間に皺を寄せる五人。 「そう。この道場で、あなたたち五人が私に負けたら昨日のことをなかったことにしてもらいたい、この鞄も返してもらうわ」と赤髪が手にしてる鞄を指さして、言葉をつづける「あなたたちが勝ったら…まあ、ありえないと思うけど。そうね、私を好きにしていいわ」 思わぬ告白に、五人は頭を合わせてひそひそと会議した。その反対に、学校側の人たちは全く動揺を見せなかった。 「おい、マジかよ、この子を好きにできるってよ!」 「こいつあほか?」 「てかよ、あの女々しい奴なんかほっといて、このりりかって子に切り替えたい」 「おお、俺もうりりかちゃんぞっこんっす!」 「よく考えたらこの賭け、俺ら負けても何の損も出ねえじゃねえか」 「あっ!」 「マジ感謝っす、あの女々しい奴いい奴だったんだ!」 「もう生足ぺろぺろしたい」 「「…」」 再び赤髪の変態発言に五人の会議は終わった。 「おう、受けて立とう。ちなみに何の勝負だ?」 「あなたたちはここをどんな場所のように見える?」 「そりゃあ、道場だが。あっ、こーういうことか」とん、と悟ったように手を叩く徹だが、自分の反応に巻き起こされたギャラリーの爆笑に、彼は自分が馬鹿にされていることに気づいた。 「畜生、黙れ!」必死に叫んでも努力はむなしく、ギャラリーは飽きるまで笑うことを止めなかった。 ああ、そうさ、こいつ、この冷静沈着さ、あの女々しい奴と同じ、柔道やってるに違いない、だからあんな軽々しく賭けを仕掛けてくるんだ。はなから勝たせる気なんざないんだ。くっそー、こんな人数に見られて承諾しちまったらもう後は引けねえ。いや待て、このギャラリーを逆に利用すれば…徹は何か思いついたようににやりと笑った。 「よーしよーし分かった。柔道で勝負したいってわけね。でもよ、りりかちゃんは玄人でも、こっちは全然柔道のルールも知らない素人だしさ、おまけに中に怪我人もいるしさ…」 下の名前で呼ばれたことが不愉快だったのか、りりかは一瞬だけ白い眉間をしかめた。ギャラリーも徹の申し出にひそひそとざわめき始めた。 「いいわ。ルールを変えよう、格闘技全般を使って、相手が負けを認めるまで勝負は続行。人数も…そうね、そっち五人同時でいいわ。これでいい?」 きらりと目で仲間の4人と合図を交わす。 「いいだろ。こちの全く戦力になれない怪我人も入れて、ハンデしてやろう」 厚顔無恥はまさにこの人だとギャラリーのほうから軽蔑の声があちこちからした。 だがそんなことも知らずに、徹は自分の計略が働いて、自己陶酔でいっぱいだ。 ちょろいもんだぜ。どうせあの女も自己過信だ。女一人で男五人に勝てるとでも?は、笑わせるな。そんな思いで、徹は関節を動かしながら構えをとる。が、やはり足の具合が悪く、上半身だけ構えた。 残りの4人もそれぞれ腕一本の距離で散会して、半円の形でりりかを囲む。なぜか赤髪だけが片手を股間に防御させながらもう片方をボクシングのポーズで前に構えた。 両方が臨戦態勢に入ったのを見て、芥川が二組の中線に立ち、手を上げた。 「よーい、はじめっ!」 と芥川の手が降りるや否や、りりかが地を蹴って、半円の中央に位置する徹に向かって突進、一歩の手前で止め、右足を後ろに振り上げた。 凄まじい勢いで突っ込んできたりりかの姿を視認できたが、体を動かして反応する時間がなかった。スローモーションで徹は「うおおおお」と顔を歪ませ、滑らかな線を描きながら迫ってくるりりかの足を目で追った。そしてその足が見事に徹の左足の膝蓋骨ちょい上に命中した。びりっと、靭帯が切れたような音がした。 「うほほー」と拍子の抜けた悲鳴と同時に徹が前にのめり込むように崩れ落ちた。 「ざまーみろ!」「かえれってんだ!」と野次馬が歓声を上げる。 「徹さん!」「徹ちゃん!」 そんな一瞬で自分が試合前に宣言した「全く戦力にならない」ことを実践してしまう徹を見て、他の4人がたじろいだ。 この隙も見逃すはずなく、りりかは身を翻し、こめかみから顎の関節にかけて、白い腕で左の茶髪を薙ぎ払った。しゅー、と縦軸で回転して茶髪もふにゃふにゃと崩れ落ちた。 残りは金髪、赤髪ともう一人の黒髪。 「っざけんな!これのどこが柔道だ!」金髪が叫ぶ。 「あら、柔道は嫌だって言ったのはどっちかしら」不敵な笑みが浮かぶ。 くそー、はかったな!と地面を這いながら徹は心の中で罵る。なんて陰湿なアマだ。俺らがこの学校を踏み入れた時から全部あいつの計算通りかよ! 「これは関節技と言ってね、実は人間って、思ったより柔らかいんだよ」笑ってるように見えたが、背後はどす黒いオーラ―がうじゃうじゃと出てきた。 獅堂りりか、町の北部にある天川組のお嬢、関節技を特技とする、属性、ドS。 ひぃぃぃ、残った三人が思わず息をすいた。 ドスン、と赤髪がいきなり自らうつ伏せ、地面で丸くなった。 「おい、何すんだよ、山田!」仲間の奇行で気を取られている金髪を、りりかは難なく一本背負いで投げた。 次々と倒れてゆく、倒されてゆく仲間を見て、まだ立っている黒髪はひどく動揺した。 「お、おお、俺はボクシングやってるんだ、か、関節技などき、効かん」と拙いステップを取る。 「あらそ」と声が消えるよりも速く黒髪の懐に回り込み、りりかのアッパーが黒髪の顎に炸裂した。 ぐへっとよろめいてノックダウン。 「ぎゃあああああ」「獅堂先輩最高!!」「獅堂様!!」とギャラリーから大歓声が爆発した。 と、その時だった。地面で丸くなってる赤髪の山田がぶつぶつと唸りながらりりかに近づいていた。 「生足、生足、生足…」急にぐっとりりかの足を掴んで息がかかるほどハァハァした。 「んきゃっ」異様な感触にりりかは思わず悲鳴を上げた、視線を下ろすと足の前の「汚物」に気づいた。 「きゃあ、触るな、汚い、きゃあああ」男性嫌いと潔癖症から由来する生理的嫌悪が完全に理性を打ち破った。パニクったままりりかはひたすら足を振った。もちろん全部の体重を掛かって足に抱き付いてる山田を振りほどくには到底叶わない。 異変に気づいて陸に上げられた金魚のようにパタパタと仰向けのままで頭だけを事故の中心に向けた。すると急に威勢を増した。 「けははは、よくやった山田!なんだ、貴様もかわいい声出るんじゃねえか、けははは、皆の者、掛かれ!」 先まであちこち倒れていたはずの3人がすでに全員復活し、りりかを覆いかぶさるように押し倒した。 「んぎゃああああ、はなっせっええー」 「けははは、どうだ、お前が設けたルールだ、俺たちは一度倒されたが、負けを認めちゃあいねえ、だから試合続行だ!おやおや、悔しいか?諦めるのなら今だ、後で優しくしてやんよ!」と威勢良くても動けるのは頭だけだった。 突如、りりかの叫び声が途絶えた。しんーと、何故かわからないが、場の空気が一気に凍り付いたような冷たさを感じさせた。 ぞくりと、徹の背筋に悪寒が走った。 「どけ」 あくまでも冷静で、金属の音のような声だった。先までずっときつく閉じていた目を再び開けた。まだ少し涙を帯びたりりかの目は青光った、声と同じような金属の色だった。 上の三人は抑えることが精いっぱいで雲行きの変化に気づかなかった。すると成人男三人の体重を掲げて、りりかは無理矢理立ち上がった――三人がぴったりくっついたまま。常人ではとても思えない力技だった、高校三年の女子になら尚更だ。更に次の一瞬でこの場にいる全員を驚愕させた。りりかは片手で一人の男の襟元を掴んで、そのまま投げた、また一人投げた、また一人投げた。それは文字通り、ゴミを投げるように投げた。最後に足にくっついてる物も全力で蹴り飛ばした。山田が飛んだ、7メートルほど。そしてこの4人全員このまま気絶した。 「うーわ、きったなあー」と何事もなかったように体に触られた個所を確認する、そして洗浄すべく速足で部室に入った。 ギャラリーから三度目の歓声が沸きあがった。 ぼうーとしてる徹の前に芥川がやってきた。 「まっ、その通り勝負はあったと思うけど」難しそうな顔で言う。 「おいおい、あんなのチートじゃねえの?」 「まあ、そういう方なので」と手を差し伸べた。 何とか自力で立ち上がろうと試みたが徒労に終えて、徹は芥川の手を掴んだ。 「それよりあいつら大丈夫かよ」 「あ、あれは多分軽いショックで気絶してるだけだ」 芥川の肩を借りながら仲間の様子を見た。ほっぺを叩いたら全員起きた、大した怪我もなかったみたいで一安心した。 徹を不良たちの介護に移した後、芥川が聞いた。 「約束は守ってまらえますか」 「あ。あんな化け物、二度とかかわるかっ!」吐き捨てるように言った。 人垣の外。 「うほー、これは面白いものを見た!」と英二が感嘆しながら言った。 「ふん、あの女もこの学校にいたとはな」英二の横に一人の男子がそういってすたすたと人群れから離れた。 「あの女って何だ?また中二設定か?おいまてヒーロー――」 「ヒーローって呼ぶなっ!」

2 女装事件から二日経った、楓は依然として自分の鞄を見つけていない。 参ったな、教科書も生徒手帳も全部中に入ってるしな。あの連中に渡されてなければよかったんだけど、ふ~ん、場所が場所だからなぁ。 もし自分の鞄がこの前の不良の手の中に入ったらと思うと急に頭が痛くなってきた。  落ち着かなく学校に来たが、いつもと違う雰囲気が学校中に漂っている。 「D組もいないってさ」 「じゃ二年は全滅だな」 「後三年F組と一年B組だけか」 「本当にうちの学校にいるの?」 「確かに本人がそういったんだな」 「うわー、いいな。僕先週部活で帰り遅くって間に合わなかったな。一体どんな子なんだよ」 「いやーなんていうかこう、見てるだけで、ああ幸せだなあってなれるんだよ」 「あの初々しさがとっくに」 教室内、廊下、階段の踊り場、グランドの端っこ、中庭の木の下、あちこち三、五人の男子生徒のグループがあった、話題は決まった一つ。時々すれ違う女子たちの会話も聞こえてくる。 「あっ、先週のマイタウンズガール見た?」 「見た見た!私丁度その場所にいた」 「優勝した子うちの学校にいるって」 「え、うっそー」 「ほんとほんと」 その会話の中心人物も決まった一人、先週の金曜日午後に開催されたマイタウンズガールという地元イベントに現れた謎の美少女、「メープル」。 教室に居づらくて廊下の人の少ないところにボーとしてたら、ぐいっと背中が誰かに突かれた。振り向くと通りかかって、小悪魔みたいに笑ってる林檎だった。 「すっかり人気者になって、メープルちゃん」と小声で悪戯っぽく言って自分の教室に入った。 ぐぬー、人の気も知らないで! 何を隠そう、この楓の女装姿こそが話題の美少女メープルである。 先週金曜日、不良から逃げるべく、スーツ姿の男性についていった目的地がマイタウンズガールイベント会場だった。好意を断り切れずついつい出場してしまった。 毎週金曜日、イベントのスタッフがショッピングモール周辺で女の子をスカウト、そして大体10人位スカウトされた女の子が観客側に向けて、ステージ上のテーブルを前に座り、観客と座談会のような形で、このイベントは開催される。観客は自由に自分が興味持ってる女の子に質問することができる、ただし一人三回に限る。イベントの最後で一番多く質問された女の子が当期の優勝者となり、賞品が与えられる。普通のミスコンと違って、このイベントは出場者が観客と親しみやすいように仕組まれて、そして最初から最後まで和やかな会話と司祭のユーモアで参加者も不愉快な思いをさせることなく、地元からかなりの評判が得られている。 そしてメープルという偽名を使った楓が優勝者になった。意識して女の子らしい行動を取ろうとしてる反面、女としての常識の欠落、下ネタへの耐性のなさ、緊張で緊張であられもない仕草、これらのすべてがあの可憐でかわいらしい姿によって演出された。まるでこの世のものではない純粋で、純真なイメージと生まれたての赤んぼみたいな初心さで、たちまち通行人を引き寄せ、そしてそのインパクトだけで現場にいる全員男か女か構わず悩殺した。 イベント最後のインタビューでうっかり自分が桜南の学生ってことを口にして、それで今学校中がメープルの話題で持ち上げになった、というわけだ。ちなみに尾行されたのもイベントの後だ。多分イベントを見た人の中の一人。 「よ、池谷」 声を訪ねると英二だった。 「おはよう」 「部活のことサンキューな」楓のそばで両手を窓枠に伸ばし、背を窓に向けて凭れかかる。 「まだ決まったわけじゃないけどね」 「いや、もう決まったよ。部室もコネを回してゲットしたぜ」得意げに笑う。 「ならよかった。てかそんなコネあるんだったら最初から部長になれよ」 「それとこれは別だ。それに」にへへと笑う「池谷もまんざらじゃないじゃないか」 「お前が騙したじゃないか」 「騙しただなんて、俺は本気だよ。池谷のボイトレもちゃんと付き合うし、他のみんなも多分手伝ってくれると思うよ」身を翻して窓の外を眺めて言った。 「そういえば、他の二人ってどんな人?」 「うーん、一言では言いづらいな。世間様から見ればちょっと変わってるかも知んないけど、まあ、とにかくいい奴らだ」 やっぱりこうなるか。楓はどこか気落ちした。そりゃあそうだよな、こんなヘンテコな部、入るほうが不思議なくらいだ。ていうか俺も世間から見れば変わってる人になるのかな。 「心配するな!今日放課後紹介したらすぐわかるって」ぱんぱんと楓の背中を叩いた。 「いててててっ、わあったわあった」 そうしてる間も幾人が通りすがり、メープルの単語が楓の耳に挟んできた。 「そういやさぁ」きまり悪そうに口を開いた「二村は気にならないの」 「何のこと?」 「皆に噂されてる、えと、メープルって子」 「ああ、いたね、そういう子。でも俺はどうでもいい。なぜなら静ちゃん以外、俺の目には皆同じ性別だからな」 改めてこいつがすごいと楓は思った。しかし相手がこのことでどれだけ迷惑になってることは考えないようにした。 「む?楓はこのメープルって言う子に気があんの?」 「い、いや」気があるも何も本人なんだが。と心の中で苦笑しながら突っ込む。 「まあ、それならそうと。とにかくあの噂の子は臭いぞ」 「臭い?」二日前のことだと理解しても、いつか臭いにおいを放ったことにショックを感じ、思わずひっそりと自分の体を嗅いだ。当然無臭だった。 「あいや、匂いの臭いじゃなくて、その人物が怪しいって意味だ」 「お、おう」 「ほら、噂によると、あの子ステージに立って間もなく注目されたんだろ、つまり人の目を引く特別な何かを持ってるわけだよ。そんで、俺たちの学校に通ってるって話になったじゃない。当然、学校中探してもこんな子いるはずがない。だってもしそうだったら、とっくに有名人になったんじゃない?あと、最後のインタビューでぼろ出しまくって、賞品も受け取らずに慌てて逃げたじゃない」 個人情報をゼロからでちあがるんだから、ぼろ出てもしょうがないじゃない、と呟きつつも静以外のこともそこまで掌握している英二に感心した。 「二村はすごいな」 「へ、なんでえ急に」照れ隠しか、それても単に驚いたか、そんな何とも言えない表情で英二が言った。 「いや、別に」英二の身に降りかかってる「呪い」のことを思い出して、楓は口を噤んだ。 「よしゃあああ、これからここを我が究極競技研究部の拠点とする」椅子の上に立ち、片足がテーブルを踏んで、英二は右腕を天をさすように言った。 「うわー、汚い、埃だらけだ」誰となく部室の現状について嘆いた。 放課後、究極競技研究部の部員4名がグランドの端っこに位置する元物置部屋に集結した。12畳のたた4人しかいない部活からすれば贅沢なくらいの広さだが、無造作にあちこち置かれている廃木材、紙ダンボール、錆び掛けのスチール棚で4人はいった途端に息苦しくなった。 「よくもコネを使ってこんな部屋を部室にしたな」呆れたように文句を言う楓。 「ちっちっち、分かってないな。この部屋を選んだのはちゃんとした理由がある」 よいっしょ、と椅子から降りて、先踏んでいたテーブルを横にずらした。 「ほれよーく見るのだ、この床を」と元テーブルの下の床を指して、足で埃を両側に捌く。 三人とも顔を近づかせて観察した。すると確かに半畳くらいの四角い部分が不自然と周囲の床との間に隙ができている。 「まさかこんな都合よく!秘密の隠し通路か!」不思議そうに眼を見開くもう一人の男子部員。女子部員のほうはそんなリアクションを見せなかった。 「じゃじゃーん」といくつかの道具を取り出して、床の隙間に突っ込んで床板を持ち上げようとする。 「実は顧問の雨宮先生に聞いたん、この学校になんか面白そうな秘密のある部室とかないかってな。んで、この部屋を紹介されたんだ。なぜならここには地下室がある!あまりにも秘密にされてるみたいなので、学校側もこれのことを知ってる人は少ないんだぜ。おっと、実は俺もこれを開けるのは初めてなんだ、わくわくしてきたぜ」 楓はどちかというと不安だった。 「おーしきたきた」うまく着力点を探り当てたらしく、英二はぐーと力を入れる。 四角い木板が持ち上げられた。英二はそれを横に置いといて、他の三人と一緒にあらわになった穴を覗き込む。 4人とも呆然とした。 「いやあ、雨宮先生が中に入ったことがあるっていうから、てっきり地下錬金室みたいなのかと思った」 「こりゃあ地下錬菌室だぜ、細菌の菌だけどな」隣りの男子の突っ込みに楓は拍手しようと思った。 ざっくりいうと、手抜き工事の尻拭いみたいな感じで、先抜かれた木板が床にできた穴を覆って隠していた。穴の深さは多分1メートル以上あった、大きさは大人二人が屈めばいっぱいになる。いくら先生が入ったことがあるって言っても、よほどの事情がなければこんな中に入るのは御免だ。 ショックで暮れている英二の肩に手を置いて、楓が言った。 「まあ、地下室じゃなくても、人には見せられないお宝コレクションとかの隠し場所にはなれるよ」 じーて視線を感じて初めてその場に女性がいることを気づき、楓は自分の発言に酷く後悔した。 「お、おーよ、その通り!」楓の出した助け舟にすがるように素早く木板を元の位置に戻す。「失敗には振り向かないようにしておこう」 「はー、この部屋だと、夏は厳しいな」相変わらず突っかかってくるもう一人の男子。 「さ、さー、では早速今日の議題に入りましょう。先ずは部室の掃除だ。と、その前に、一応簡単な紹介は来る途中でしたが、ここで改めて皆さんの自己紹介をお願いしたい、それと当面の目標をもだ」あえて突っかかりを無視する英二「では先に部長、どうぞ」 急に話振られてたじろぐ。自己紹介はまだしも、当面の目標をまだあったばかりの人にばらすのが億劫だった。 「こほん。1年B組池谷楓。なぜかわからないけど、とりあえず部長をやらせることになった。目標は…目標はボイストレーニングで多様な声を出すことだ」わざと楓の中の一番男らしい声で言って、ちょっと恥ずかしかったけど、他の三人はあまり気にしてないようだ。 「次俺から。同じく1年B組二村英二。静ちゃんの興味を引くためにいろんな分野に努力してきた。当分の目標は目力」 目力ってなんだ?!お前努力の方向完全に間違ってるじゃないか?!と初めて暴露された英二の動機を聞いて驚きのあまりに飛び上がって叫ぼうとしたが、他二名の冷静ぷりを見て引っ込んだ。 「俺秋山広、1年D組。目標はカミ様を見つけること。当面は二村さんを監視すること。以上。」 な、なんだこいつ??先からこの人は真面目そうだなと思ってほっとしてた楓だったが、英二の発言に続いて目をぱちくりさせた。 「ああ、気にするな、こいつは中二病だ。頭の中の設定が現実とごちゃになってる時が偶あーたまにある」 「中二病じゃねえ!俺はあのアールピージーからの記憶が全部残ってるんだ」 「だからRPGつってる時点でもう終わったんだ」残念そうに英二は広の肩に手を置いた。 「いや違う。二村さんや竜胆さんはもう向こうのことを忘れたかもしれないが、俺は覚えてる。元神様の二村さんのそばにいればいずれアールピージーのことを覚えてる人が現れるかもしれない。今もすでに向こうにいた何人が確認できていた。池谷さんは無関係だったそうですが…いや待て、いけがや、いーけがやかえで、お前っ、凱帝さんだったのか?!」いきなり楓を見つめながら両肩を掴んで揺らす。 暫くして「あ、そんなわけないか。あんなごっついおっさんがこんな姿になれる無茶苦茶な設定なんて俺は記憶喪失したほうがましだ」と呟いた。 解放された楓はどんよりと頭の上から鉛のような重い何かを感じた。この様子だったら残りの女の子もまともな人間とは思えなくなってきた。 「では最後に私から自己紹介。竜胆瀬名、1年C組。得意科目は物理、興味は科学実験、科学者を目指しています」 もっとインパクトのある発言を予想していたが、割と高校生らしい自己紹介だった。思わず楓は手を伸ばして瀬名と握手しようとした。 が、手を触れた瞬間、電流が流れ込んだ錯覚がした。もしかしてこれ、恋の前兆?なんて一瞬思ったが、錯覚は消えることなく続いた。いや、錯覚ではなく、本当に電流が流し込まれている。 全身がびりびり動けなくなった楓を見て、急いで瀬名は手を引っ込めた。 「あ、ごめんなさい、スタンガンつけっぱなしだった」 「大丈夫か?言い忘れたけど、彼女は電撃が大好きらしく、体中にびりびりさせることに病みつきで、無闇は触らないほうがいいよ」隣りで倒れそうな楓を支える英二。 「なん、だとおっ」電流のショックか、それとも自分の置かれている現実にショックか、楓はしばらく意識を失った。  「おーい、起きろー」ぺちぺちと英二は楓の頬を軽く叩いた。 うつらうつらと目を開けて意識を取り戻す。 「あれ、俺いつの間に寝てた?」まだくらくらする頭を振って聞いた。 「寝てたんじゃなく、気絶されたんだ」そう言う英二の後ろに竜胆が両手を合わせてごめんって言った。 途絶えた記憶とつながった。また気絶しそうになった。 くぁああ、俺こんな部に入ったんだよ!俺は普通じゃないと常々思ってるけど、人からもそんな風に思われてるくらい自覚してるけど!こいつらとは断じてレベルが違う!ああ、俺の計画、俺の彼女作り計画がああ! 「しっかりしろ」英二はまた白目をむいてる楓を揺さぶった「今はこんな場合じゃないぞ。この前生徒会室で何があったかは知らないけど、先校内放送で呼ばれたぞ、至急生徒会室へ来いって」 「呼ばれた?俺が?」楓もさっぱりだった。部活のことが決まった現在、すでに接点なんてなくなったはずなのに。 「なんか失礼な事でもした?」楓を起こしながら聞く。 「いや」全くしてなかったとは言い切れないが、あれしきのことで呼び出されるなど不可能に等しい。 「俺、あの会長は苦手だなぁ」なんか嫌な思い出でもあったらしく、英二は頭を掻きながら言った。 「あれが苦手じゃない人なんていなさい、特に男はな」やけにこの会長さんのことに詳しいように、広は言った「まあ、頑張れ」 こんな風に言われるとますます不安になる楓。前回の経験もあって、まず服装を整える。 「では行ってきます」 「入ってください」 ノックした後返事をもらえて、楓は生徒会室に入った。相変わらず会長獅堂りりか一人だけの生徒会室だった。 「あの、校内放送で呼び出された池谷楓なんですけど」 「見ればわかるわ」と口はこう言っても実際楓のほうを見もしなかった。 「よ、要件って何でしょうか」おずおずと聞いてみる。 「あなた、見てくれとは大違いに、剣道以外も喧嘩強いのね」ゆっくりと立ち上がり、会長席から出た。 「えーと」返事に困ってしまう。 「でも自分がしたことは自分でちゃんと後始末しないと困るわ」部屋の左側のほうに行って、ソファに横たわってる鞄を手にして楓に突き出した。 受け取るか受け取らないか戸惑う。 「あなたのものじゃない?」と更に鞄から生徒手帳を取り出して楓に見せる。 確かに自分の鞄だ。でもどうして会長の手に渡されたのかは不思議だった。事情を聞きたくても、相手が相手で聞くのを憚って、仕方なく素直に受け取る。 「ありがとう、ございます」 「要はこれだけだよ、もう戻りなさい」 そう言われても動こうとしない楓がいた。 確かに目の前のこの女の子は傲慢で冷徹に振る舞っているけど、自分も彼女のことが苦手で、多分どちらかというと嫌いかもしれないけど、頭の奥からもっと彼女と関わりたいと思って聞かない楓もそこにいた。 「あのっ」仕事に戻ろうとした彼女の背中をつい呼び止めてしまった。 余程意外だったんだろ、りりかはいつもの傲慢な表情を崩して、ちょっと可愛い驚いた顔を見せた。 「あの、いつも一人なんですか、生徒会って」 気のせいかと思えるくらい、一瞬で、りりかが柔らなく微笑んだ。 「そんなはずあるわけないでしょ。ただ男連中とこんな狭苦しい空間で一緒に過ごすことが耐え切れなかっただけよ。どうせだったから、ほかのみんな全部隣の部屋に移ってもらったわ」 …ですよね、やっぱり先程見た笑顔は幻だったよね。ニュースキャスター並の仏頂面で、楓は嫌でもこの事実を認めた。 急に聞き覚えのないメロディが鳴り出した。 スカートのポケットから携帯を取り出し、着信番号を見てりりかは眉を顰めた。 「お父さん、もうこんな時間に電話掛けてこないでって言ったじゃない!」小声で携帯に向けて言った後、楓に「ちょっと待ってて」と告げ、ドアを開けて廊下に出た。 一人に取り残されて、楓は改めてこの「会長室」を見まわした。 奥にあった派手な会長席と高級そうな木製デスク以外はわりと普通な生徒会室。両側にはガラス戸付きの資料棚、部屋の真ん中は会議用の長いテーブルと椅子が何着、その横は接客用のソファがある。どこから見ても元の生徒会室を無理矢理会長専用室に改造させたような感じだった。 だんだん落ち着きがなくなって、楓はどうしても会長さんの電話の内容が気になった。耳をドアに当てながら盗み聞きした。 「だーかーら、何度も言わせないの。私は今のままがいいの。あの女のいる屋敷なんて戻りたくないの。お願いしてもだめなことはダメ。大体なんで今更この話が出てくるのよ…ほほー、なるほどね。いやだ。そんなこと勝手に決めないで。もうお父さんなんて大っ嫌い!もう聞こえない聞こえない…」 あの「えらい」会長からいかにも年頃の女子が親とする会話らしい言葉を聞いて、楓は耳を疑った。でも逆にどんな会話を想像したかと問うと、やはりこれしかないと思った。全校生徒を束ねる存在である生徒会長でも、親の前ではただの子供だ。当たり前すぎて気づくの遅かった。 りりかの人には見せない内側の性格を垣間見たような気がして、少しうしろめたさを感じたか、楓はドアから離れて先の位置に戻った。ふと地面に落ちている物体に気づいた。 写真だった。 多分先りりかが携帯を取り出したときにポケットから落ちた物だ。にしても肌に離さず写真など持ち歩いているなんて、会長も女の子だね、などと思っていたのも写真を見るまでだった。 身を屈んで写真を拾い、目をやった。 写真の真ん中は焦りで苦笑いながら必死に隣の男から渡られてるマイクを拒絶している女の子がいた、背景と化した彼女の後ろは何人かの女の子かこの風景を見守るようにくすくすと笑っている。 これは間違いなくマイタウンズガールイベント現場の写真だ。確か好きな男のタイプについて聞かれて、男には興味がないと答えた後質問攻めになったころだった。でもなんで会長がそんな写真?もしかして会場にいたの? 頭の中に疑問が次々と現れ、必死に整理しようとした時、後ろのドアが開かれ「ごめん待たせたわ」とりりかの無感情な声が聞こえてきた。 足元の床がいきなり泥沼に化したようにぐいぐいと体が引きずり込まれていく気がした。全くやましいこと何もしてなかったのに、なぜか振り向いてりりかの言葉に返事出すのをすごく怖がっていた。 「何してるの」 かすかに不穏を感じられる言葉に楓はぞくっと鳥肌をたたせて、まるで蛇に睨まれてる蛙のように全身を凍らせた。 たたたっと速足で楓の前に来てぐっと写真を奪い取った。 「み、見たな!」かなり動揺して胸元に写真を抱える。 見るには見たけど別にこんな写真見たくらいで何もしないよって訴えるような顔でりりかを見上げる。 「み、みるなああ、こんないやらしい目でこの子をみるなああ」と手あたり次第でデスクに置いてある本を掴んで楓の顔に向かって叩き下ろす。 慌てて両手でガード。 「どうせ、あなたも、この子を見て、欲情してるんでしょ!男なんて、みんなそうだから、死ね、死ね!」 自分に欲情してどうする?!!こんな時になっても律儀に突っ込む楓だが、女の子の柔らかい腕とはいえ、ハードカバーの本に叩かれるのは地味に痛い。 「ストップストップ!」頭をフル回転させて策を考える「あ、あんな不細工、誰か欲情するものか!」 すると本当に攻撃が止んだ。少しガードを解いて、腕の隙間からりりかの様子をうかがう。 だが先まで嫌悪だったはずの表情が今は怒りとなった。涙を目尻に浮かばせながら攻撃がパワーアップして再開された。 「ああん、どこが不細工ですって、あなたの目は飾りか!」 どこまで理不尽なんだよ!とつい諦めて、力で攻撃を押しのけて、楓は立ち上がり、前回に続き生徒会室から逃げ出すように消えた。 「ぜっぜっ」肩で息をしながら走って、気が付いたらすでに部室の前に来ていた。 「おい、どうしたよ、こんなに慌てて」まだ掃除している英二が楓のことを気づき、外に出た。他の二人も英二の後に付いてきた。 「は、はっ、ちょっとね」 「まあ、普通の人間はそうなるんだろうしな」同情でもしてるような眼で広は楓を見た。 「で、一体何のために呼び出された?」 「あ!」英二の面白がり半分の問いに楓はある重要なことを思い出してしまった。そう、彼はまたしても鞄を忘れてしまったのだ。つまり、彼はもう一度あの生徒会室に向かわなければなくなったのだ。 ぐたり、とうなだれて楓は思った、もういいや、鞄なんていらなくても生きてはいけるさ、と。 「ふぁあああい」 家を出て手を掲げてのんびりと背伸びをした。 楓が自分の家に駆けこんできてから何日が経ったが、楓が女装した原因のあのオカマに関する情報はいまだに皆無状態だ。この数日間、林檎は楓の残した着替えを手がかりに付近の服屋を一通り回ってきた。同じモデルを売ってる店は何軒あったが、図体のでかいおっさんに関して聞くとどの店の人も頭を横に振ったのだ。 となると、あのオカマがもっと遠いところから買ってきたか、楓自身が買ってきたか、それとも他人の物をただで取ってきたか、その三つ選択肢になるわけだが、高校生の楓が全身のコスチュームを買えるお金を持ち歩いているなんて到底思えないし、ショッピングモールを前にしてよそから服を買ってくるのも考えにくい、てなわけでやっぱり一番可能性高いのは最後の選択肢だ、楓には申し訳ないけど。 自分の出した結論を基に、これからの策を練りながら庭を抜ける。ちょうど家の前の通りに出たところ、斜め後ろの人影に気づいた。 ブラウンのコートにブラウンの帽子、顔にはマスク、それにサングラス、いかにもオレ怪しいって雰囲気を醸し出している。 今日で4回目だな、いい加減メープルさんはこっちの住人じゃないってこと気づいたら。などと呆れて無視しようと思ったが、気が変わった。 コートの人をというと、あれからほぼ毎日朝林檎家のすぐ隣に楓の出現を待ってた。最初はまだ隠密に気を使っていたそうだったが、今ときたらそんなの全然気にしてないように見えた。多分待ってる人とずっと会えないから余裕もなくなってきたかもしれない。ずっと玄関を凝視してるせいで、林檎が近づいてきたことも気づかなかった。 「ほーい、ストーカーさーん」2メートル離れて林檎は声を伸びて言った。 コートの人はゆるりと俯き腕時計を確認して、また顔を上げて玄関のほうに視線を注ぐ。林檎の声が聞こえてないというより、自分がストーカーさんってことを理解していないようだ。 「おーい」と更に一歩前に出て、右手をコートの人の前に振った。 すーっとびっきりした様子で息を吸って後ろに下がる、そして話しかけられていることに気づき、顔を隠すようにコートの襟を高くたたせた。 結構前からこのストーカーの体の細いラインに気ががりだったが、近くで見れば思った以上に華奢だった、とても男とは思えない。楓を除けば。コートの下に見える靴も男物ていうより、完全に女子高校生のものだ。 もとは二度と来ないようにびしっと言ってやるつもりだったが、ストーカーのフェミニンな佇まいや仕草を見ると急に興味がわいてきた。 「ね、あの子、好き?」試すような口調で唐突で言った。 すると2秒ほどの間を置き、コートの人は激しく頷く。しかし悪いことをして、親にばれたようにまた手を合わせて激しく頭を横に振った。 「やっぱり嫌い?」 今回は条件反射並の速度で頭を横に振った。 この反応に満足してにやりと笑い、林檎は腕を胸元に組んだ。 「でもあの子、滅多にここに来ないから、もしかしたらもう二度と来ないかもしれませんね」目を一つつむって、ストーカーの様子を伺う。 がっくりと項垂れ、縮んでいく。少しすると縋るように林檎を見上げた。 くっくっく、これはうまく利用すればまた楓さんの晴れ姿が見れるかもしれないね、と林檎の悪魔の部分が囁いてきた。 「仕方ないね、共同戦線を張りましょう。私はストーカーさんとメープルさんを合わせる機会を作ります、その代わりにストーカーさんは私の指示通りに行動してください」 サングラス越しにストーカーの目の輝きが窺えた。 「でも条件があります。ストーカーさんには正体を見せてほしいです」果たしてこのコートの中に楓さんをその気にさせることのできる人が入ってるかどうかはまだ怪しい、もし美人だったらもちろん大歓迎、もしまあまあ普通な子でも試す価値はある、もし変態だったらこの場で通報する。と、こんなことを打算しながら林檎はコートの人を見つめた。 もじもじと恥ずかしがっているようで、変装を解くか解くまいかかなり迷っている。 「ストーカーさんが誠意を見せてくれないと私も困ります」興味なくなりました、といった風にぐるりと林檎は身を翻した。 「まっ、まって!」そこではじめてコートの人が言葉を発した。やっぱり女の子だった。 林檎はちょっとだけほっとした、と言っても元からこの人が変態だという考えは殆ど切り捨てていた。 振り返ると、コートの人はすでに意を決しているようで、帽子に手を掛けていた。 ずるりっと帽子が脱がれ、中に収まった黒髪が踊るように流れ落ちる。続いてサングラスもマスクも脱いだ。 「こ、これでいいでしょ」赤面しながら言う。 得意げに目の前に出来上がった女の子を見るが、顔を確認できた途端、林檎は言葉を失った。 「これで共同戦線になったんですね」安心したように女の子は言う。 とんだ大魚だ。 林檎は目の前の人を直視できず、そこを向いた。 ごめん、楓さん、私にはこの人制御できそうもない! 「ディフェンスに回れ!」 「ゴール手前だ、早くパスよこせ」 「ぐあああ、やっちゃったあ」 …… グランドの白熱化していく試合とは真逆に、究極競技研究部の部室の空気はどんよりとしている。 整理されたばかりの部室は二分の一が瀬名が持ってきた怪しい機械に埋め尽くされている。今も本人が機械の中でびりびり電流流しながら意味不明の実験をしている。入口右側は広が一人で机にうつ伏せ小説を書いている、時々不気味なふはははの笑い声と一緒に聞いたことのない言葉が聞こえてくる。左側の机は楓と英二が対面席で座っている。 「ぐぐぐぐぐ」と喉を鳴らしながら英二は目を血走らせて楓をじっと見つめる。楓も負けないようにぱっと目を見開き英二を見つめ返す。 あれこれ10分、二人はずっとこのポーズだった。何をやってるっていうと、目力の練習だ。 「ぷはああ、だめだ、目が痛い、出ちゃいそう」 ようやく負けを認め、英二は目を瞑って両手でマッサージした。 「おお、35秒も伸びた!これを静ちゃんと見つめあえる時間に換算すれば0.7秒も伸びてる!」 「0.7秒ってすげー微妙だけど」 英二が目力を伸びたいっていうのは、もっと静っていう子と見つめあえる時間を増やしたいから、らしい。こんな風に言ってしまえば静がただの人形や他人の言いなりになるような子に聞こえるかもしれないが、楓の知る限りではかなり自己主張が強くて、個性的な子にでも言えるくらいだった。そのことはこんな英二の猛アタックを前にしても折れないというところからも少し伺える。ただし静と英二がどういった経由で見つめあい勝負に至ったのは楓もそんなに詳しくなかった。 「にしても池谷余裕だな」 「お前が張り切りすぎだっての」 「そう?」まだ充血している目を開く。 「ていうか、本当にこれで中村さんを直視しても緊張しなくなると思ってるの」 「うーんんんん」かなり考え込む。 「何もしないよりは増しさ!」と自信満々に吹っ切れた顔で言う。 英二はこういう人だった、一方通行で勢い良くていつも周りの人を巻き込む、それでいて不自然と彼と一緒にいることを嫌わない。この部の他の二人もきっとそう、中村静っていう人もそうだと、楓は思った。英二には何か性別を超えたカリスマ性があるように見えた。 なんだかんだ言って、楓は今のこの部活が結構好きになった。アットホームな感覚がとても居心地よくて、変人がいるだけで皆お互いの行動に気を遣わずに済むし、面白おかしな話もここにいる限りは絶えることがないと思えた。それに自分の練習もキッチンと付き合ってくれるし、意見も言ってくれる。 「要は低い声を出したいな。チェストボイスの低音部を練習すればいいんだよ、こうね、喉仏を下げるように唸った、後は地道練習のみだね」と熱心に調べてくれた広。 「電撃で声帯を伸ばす方法知ってるよ、試してみましょう」と進言してくれる瀬名だが、さすがに電気ショックされた直ぐ後にこの申し出はいささか抵抗を感じて、丁重に断った。 次の目力練習開始前に暇貰ったので、楓は隣の広の向かい席に移った。 「この前のボイトレサンプルサンキューな」 「それはいい。池谷さんの悩みもなんとなく分かるんだ」ペンを止めて、一つ背伸びする。 ちらっと広が書いている原稿用紙を見て、楓は聞いた。 「秋山さんは作家志望?」 「そんな聞こえのいいもんじゃない、自己満足だ」 「これ小説だろ?見ていい?」原稿用紙を指して言った。 「存分に見ていいとも。だがしかし、これは小説ではない、回想録だ」 「へー」適当に相槌打ちながら一枚の原稿用紙を手に取る。 『RPG物語』 相変わらず何考えてるのかよくわからない。 手に取った原稿を読む。 やはりというべきか、一人称の登場人物名前が秋山広だった、けど物語の脈絡はどう見ても回想録と言うより異世界で始めたファンタジーストーリーだ。内容はそれなりに面白かったけど、なかなか読む気になれなかった、一言でいうと中二過ぎて頭が痛い。 ふとあることを思い出して広に聞いてみた。 「そういえばさ、初めて会ったとき、秋山さん俺のことをかいていっていう人と間違えたよね」 「もう呼び捨てでいいから、俺もそうする、おっけー?」 「じゃ、秋山。あのかいていってどんな人?」 「そうだね」記憶をたどるように目を瞑った。「先ず、あれは間違いではなく、単に名前が似てるだけだ」 「ほへー」 「凱帝さんを言葉で形容するのは難しいけど、例えるなら、まあ、オカマ野郎だ」 「ええー?!」 「そ、そこに反応するなよ、まったく」素っ頓狂な声をあげられて広は戸惑った。 しかし広の考えたこととは違って、楓はオカマの単語が自分のこの前の経験と合致したから過反応してしまったのだ。 「具体的にどんな?」 「変に食いつくな。まっ、こっちも久しぶりに気が合う人と会ったようで、ちっと向こうの話でもしてやろう」 変な間をおいて咳を払う。 「凱帝さんは、言っても信じてもらえないかもしれないけど、漫画やゲームでよく出る筋肉ムキムキのオカマその物だ」 思わず唾を飲んだ、まさかこんな形であの謎のおっさんの手がかりを見つかるなんて。 「だがしかーし、凱帝さんはオカマでも、その中身は男の中の男だ。なぜなら、彼は自分の好きな女のためにオカマとまでになったのだ。あれは魔軍第三兵団と正面激突する寸前の話、凱帝さんはこの戦を止めるために単身一人で敵陣に忍び込んだ。もちろん彼の能力『マインドオブフィジカル』を持ってすれば、正々堂々と正面から魔軍にはいれたが、無駄な犠牲を控えるため、彼は機を待ってこっそりと第三兵団長のいる部屋に潜入した。あの体格だから結構苦労はしたと思うが、なんと、敵兵団長と目が合ったその時、彼はもうこの戦は勝てないと悟ったのだ。彼は敵の将に一目ぼれしたのさ。あ、あれ、池谷、もう聞かないの?」 「ごめん、英二がまた練習付き合えって」 途中まで本気になって聞いた楓が自分のことをばからしく思えてきた。 ピンピンピンポン。 また校内放送だ。 『一年B組池谷楓、至急生徒会室に来てください。繰り返します、いいえ、最後通牒です、至急生徒会室に来てください』 なぜか放送員が必死に笑いを堪えてるように聞こえた。 「またきたね」「またきたよ」「最後通牒になってるし」三人とも楓を見た。 「行かなくていいの?」 「行ってはだめな気がするんだ、どうせ鞄のことだし」新しい鞄もすでに買ったし、あの理不尽な女と会う理由なんてどこにもない。 みんなが諦めて自分のことに集中を戻していく頃に、部室のドアが誰かに叩かれた。 「最後通牒から1分も経ってないじゃないか」瀬名が心配そうに立ち上がった。 もちろん一番緊張しているのは楓だった。 「だ、だれ」 とんとんとん、と規則正しくドアが叩かれる、返事は聞こえない。 少しして音が止んだ。そしてすぐさまに楓の携帯に着信メロディがなり始めた。 まさか本当に最後通牒の後に強硬手段ってやつ? 恐る恐る携帯を見たら、林檎だった。 『もしもし、楓さん?今部室にいないの?ちょっと相談があるの』 やってしまった。 日曜午前10時公園の噴水前に立っている楓はまさにこの状態だ。 やってしまった。 もう二度とするはずがないと思った女装を、今楓はまたやってしまったのだ。しかも前回の無自覚と違って、今度は自分の目の前で、自分の手で女装したのだ。 心の中に男の像がひび割れていく音がした。楓は仕方なく悔しの涙をのみ込んだ。 さすがに休日の朝、公園でデートの待ち合いをするカップルの数も半端の量ではない。こんな形でなければ楓もきっとウキウキして待っていたかもしれない。 こんな形でなければ。 懇願で林檎に頼んで貸してくれたのは丈のちょっと長いスカートだった。言うまでもなく楓として一番望ましいなのはジーンズだが、そこだけが林檎は折ってくれない。「男の時いっぱい履いたでしょう。せっかくだからスカート穿きなさい」しぶしぶと脹脛を覆い隠せるような長いスカートを探したが、どいつもこいつも腰のサイズが合わない。当時の林檎も結構ショックを受けたが、やっぱり楓のほうがより大きいダメージを受けた――男である自分が一つ年下で身長差5センチもある従妹の林檎よりも体が細いからだ。その後、ようやく林檎が中学時代で履いていた膝丈のスカートで妥協した。上は胸がない分選択の余裕があったけど、林檎にパットを進められる。勿論紳士な楓は断固拒絶。最後は下着だ、にやにやとレイスの赤いパンティを両手で広げながら「ほれほれ、はきたくはないかえ、はきたくはないかえ、新品ですぜえ」と言って寄せてくる林檎を頑なに断り、ついにスポーツトランクスで二人は手を打った。 生きる心地がしなかった。 そして今こう立っているときもちらほらと視線を感じる。 もとはといえば全部自分のせいだ。あのストーカーをそのまま林檎んちにつれていかせたことが悪かったのだ。 あの日林檎に呼び出されて、彼女は泣きながらこう言った。 「もういやだ、楓さん。最近毎日あのストーカーさんに尾行されるの、怖いよ。それでね、今朝急に目の前に現れて、服を脱ぐの『さあ、早くメープルちゃんに合わせろ、でないと毎日こうしてやる』って言って変な踊りを踊り始めるの。もうあんなのいや。助けてよ楓さん!」 こんな感情をあらわにして混乱する林檎を見るのは初めてだ、よほど刺激が強かったんだろ。しかし困ってる女の子を見過ごすわけにはいくまい、例え女装しても、変態になっても、これだけは譲れないのだ。ピュアな楓はついつい林檎の迫真な演技に気づくことができなかった。 「ふううぅ、にしても遅えな。会いたいっつったのはそっちゃじゃないか、乙女じゃあるまいし普通遅刻するか」むかついて今まで不満な気持ちを全部ストーカーにぶつける。 林檎の言葉から想像するストーカー像はこうだ、少しやせた外形、全身を包むようなコスチューム、みこなしはいいが、とにかく卑猥。まあ、要は変態だ。そんな相手に、楓はいくつか対策を考えた。だがもっとも効率がいいのは二度と変態行為を起こせないようにガツンと絞めてやるべきだ。うん、やっぱりそうしよう。 そうこう考えてるうちに時計が10時10分を回った。 こんな人の多い場所では知人と会ってもおかしくないので、後5分待てば退散しようと決めた楓の視界に一人の女の子が入ってきた。 きょろきょろと周囲の人に目を配りながら誰かを探してるようだ。 待ち合わせ場所でこんな人が一人や二人いても全然不思議じゃないが、楓はその女の子に目を釘付けにされた。 おいマジかよ、なんでよりにもよってあいつがここに来るんだよ!心の中で必死に叫んだ。 今来たばかりの女の子は楓のよく知ってる人、とは言えないが、そこそこかかわったことのある人物だ。そう、彼女は桜南学園生徒会長獅堂りりか、楓に最後通牒を下した張本人だ。 なんだ、お前もデートか、男嫌いじゃなかったっけ?デートじゃないならもう帰れよ、早うここから出ろ、と無駄に付けてきた目力でりりかを追い返そうとするが、ちらっと視線が合っちゃった。 ぎぃぃぃぃぃ、すぐさま目を逸らして背を向ける。 やばっ、目合っちゃった、気づかれてしまう?俺が変態だってことばれてしまう?いや俺は変態じゃない、これにはふかーいわけがあるんだ、ってあいつ聞いてくれそうにないし。逃げろ、見破られる前に逃げよ!いやでも待て、今の変装は林檎だってカツラを脱ぐまで気づかなかったんだ、そう簡単にはばれないんだ。そうだ、あくまでも冷静で、普通に移動しよう、人混みに混ぜて、ゆっくりと。 だがそうはいかなかった。さっきまでうろうろな足取りをしていたりりかが楓を目視できた途端迷いが消えた。歩くスピードを徐々上げて、最後は小走りになって楓のいるほうへ向かってきた。 「あ、メープルさん、待って」速足で逃げようとする楓を呼び止める。 ぎく。 今、あいつ、なんて言った?メープル?き、気のせいかな、と振り向くが、りりかはすでに間近まで迫ってきていた。 「あの、すみません、待たせてしまいました」 顔をそむけながら適当に「いいえ」と言う。 どおおぉいうことだあ?!待たせたって、やっぱりこの人もデートか?誰と?メープル?メープルって言う人と俺と間違えてる?ってメープル誰だよ、俺じゃんか!おーい、冷静になれ、俺は今メープルっていう女なのだ、女らしく振る舞うのだ。 俯いてぶつぶつ言う楓を見て、心配そうに「大丈夫ですか」と聞いてくる。 「大丈夫です、ありがとう!」やけに元気な返事をしてみせた。 「は、よかった。嫌われてるかと思いました。でもまた合えて本当に嬉しかった」にぱーっと顔の周りに花が咲きそうな笑顔で言った。 またって、この姿でどこかで合ったっけ?そういえば学校でそれっぽい写真見たな、この人も先週金曜日のイベント会場にいたのか?てか、うわあ、なんだよこの人、こんな風に笑えるのかよ、学校と全然別人じゃんって見とれてる場合じゃない、まずこの人を追っ払わないと。 「は、はは。でも、ごめんなさい、今おっ、私待ち合わせしてるのっ」 「あ、私ッたら、てっきり池谷さんが説明してくれたと思って。私は獅堂りりかと言います、今桜南学園通ってる高校三年生…」 説明って、なんだなんだ、こんなの記憶にないんだよ!てか、あれ、この池谷って俺じゃない?  「…本当はいけないと思ったのに、でもどうしてもメープルさんのことをもっと知りたくて、気が付いたらいつの間にか池谷さんの家までついてきてしまったの。自分もおかしいと思いますけど、メープルさんを見てると胸がどきどきして…」 ちょおおっと待ってー、え、何この流れ、俺を尾行してたのはこいつってことか?いやだってストーカーって男だろう?どう考えても。林檎ちゃんだって男…って言わなかった、かも?でも服脱いだって、と、考えて、ちらっとりりかの体を見て赤面する楓。 何想像してんだあ俺えええ! 「あの、聞いてます?…やっぱり私、迷惑?」 ちょっぴり沈んだ声で聴いてくるりりかに気づき、パーッと楓は我に帰った。 「そ、そんなことない、です」 否定の返事を聞いて少しほっとした様子だが、また顔を曇らせる。 「でも、でもやっぱり私変なんです。こんな気持ちになるのが初めてで、どうしたらいいかわからなくて。今日本当に来てもいいか、勝手にメープルさんの生活に入り込んで大丈夫かって迷ってて…」だんだん声が小さくなっていく。 こんなりりかを見て楓はいてたまらなくなった。つい手を伸ばし、りりかの手を取った。 「よくわからないけど、もしよかったら相談に乗ります」 「…うん」と手を握り返した。 かあああ、そこで楓はようやく女の子と手を繋いでるという事実に気づき、爆発しそうになった。 やばいやばいやばい、血液が全部頭に集まってくる、息苦しい…ていうか何この感触、柔らかい、これが女の子の肌か?ていうか俺も今女だし、いや女じゃないけど女だ。うわ俺すげー汗かいてる、手の中びしょびしょだ、あれ彼女も汗かいてる?このまま手ずっと繋いでいいのかな、さりげなく放したほうがいいのかな。ておーい、俺さっきなんて口を先輩相手に聞いてるんだ!かああああ!! 「と、とりあえず場所変えましょう」今の楓はこの言葉を口にすることだけで精いっぱいだ。 「私、子供のころから男性の方が苦手だったの」 近くの喫茶店に入り、二人が少し落ち着いて間もなくりりかがぽつりと語りだした。 「何をするのも自分勝手で、乱暴な彼らを見ると怖くて。いつからか、そんな自分を偽るために、人の前ではずっと違う自分を演じ続けてきた。強くて、何でもできて、男が近寄れないようにフェミニストな自分を。そのせいで、同じ女の子とも仲良くできず、ずっと一人ボッチだった」 注文したアイスコーヒーのコップを弄りながら、りりかは穏やかな顔で言った。遠い過去の自分を俯瞰してるようで、どこか切なく、どこかやるせなく、そんな感じも聞こえた。 なるほど、学校にいる会長の男嫌いな振る舞いは全部演技なんだ。と言っても男嫌いは紛れもない事実だが。でもあの強気な会長の内側はこんな弱弱しいただの女子とは。多分このことを100人に言っても全部胡散臭いだと笑われてしまうんだろう。本人がそういってるんだから、まず嘘はないと思う。 「あの日、丁度知り合いに頼んで買ってきた服を受け取りに来た時、イベントに出てるメープルさんを見かけたの。信じてもらえないかもしれないけど、あの時メープルさんが着てた服、私の頼んだ服と一緒なの」 げっ! 「それで自然と足を止めてイベントを見た。覚えてますか、男の趣味って聞かれた時、メープルさんは男に興味はないって言ったの。あの時から私は思ったんだ、もしかしたらこの人も私と一緒かもって」ゆっくりと顔を上げて、視線を楓に合わせた。 「あの…」目を逸らして、恥ずかしいというより、なんか悪いことをしたような申し訳ない気分が楓のこことに渦巻いた。 「はい」 「結局その知り合いから服貰ったんですか?」 「それが車に仕舞っといたはずの服がなくなったんです。あ、いいえ、メープルさんを疑ってるわけではありません」楓を気遣っていたのか、必死に両手を小ぶりで振った。 「お知り合いの中に、変なおじさん、いませんか?」 おかしなこと聞かれたようで、きょとんとする。 「いいえ、皆真面目な方です」 うっそおおん、あのオカマ他人の服をかっぱらって俺に着せたのかよ!許せん!それと、会長さん、申し訳ございません、メープルがあなたの服を着てたのです、でも人助けだと思って、どうかお許してください! 逃げ出しそうになる楓だが、貸し借りに律儀な彼は一つ決めた――りりかの前では男の時の不愉快なことを忘れて、女のメープルとして彼女と接しよう。 「そういえば獅堂さんまだ私のことメープルって呼んでますね。なんか恥ずかしいから、楓っていいんです」 「楓さんですか」 「うん」あの孤高な会長に丁寧語で呼ばれると全身がむず痒くなってきた。 メープルという偽名を使ってる以上楓という本名を隠す必要もなくなった、かと言って全称をばらすわけにもいかないのであえて苗字を言わないことにした。りりかは本名を知れたことだけで嬉しかったようで、特に苗字まで追求しようとしなかった。 「なら私も下の名前で呼んでほしいな」 「えと、りりか、さん」 「うん!」 目を細めて幸せそうに微笑むりりかを見て、楓はすぐ顔を下に向かせて、心臓をドキドキさせた。 なんだよこの反則的な笑顔は!ほ、惚れないぞ、俺は今女だぞ、女が女に惚れてたまるか! 「あのね、この前のイベント、私は後半から見たんですけど」少し沈黙を置いて、りりかが口を開いた。「楓さんは桜南の学生って本当ですか?」 「えーと、実はあの時すごく緊張してて、自分が何しゃべったのかもよくわからない状態です。確かに私は桜南の学生だったんですけど、体が弱くて結局すぐ病院を通いながら隣町の女子高に転校した」 「女子高って、星陵のことですか?」 「え、ええ」 「本当ですか!私中等部まで星陵にいたの!あそこなら仲のいい友達まだ何人もいますわ、もしよかったら今度紹介しましょう!」 「え、いや、あの…ほら私、病気ですから、あまり学校行かないかも…けほけほ」枯れた咳声を作る。 「あ、ごめん。こんなにひどいんですか、お病気?」 「それは…昔、昔はひどかったんです。今はこうして出歩いても平気です」素直に心配してくれるりりかに申し訳なさいと思いながら嘘をつく。 「よかったあ。でも、そっかあ、私もそのまま高等部に進学すればよかったのになあ。そうすればもっと早く楓さんと出会えたのに」 「ですね、あははは」無理に笑ってる楓の内心は泣いている。 林檎ちゃんよ、なにが女子高にすればきっとばれない、だよ!この人もともとあそこから来たんじゃないのかよ! イベントの時の不謹慎発言を補うために林檎がメープルの個人情報をでっちあげてくれた――病弱属性プラスお嬢様学校、それなら今まで人目に触れていなかったことも何の問題なく理解できてしまう。全く何も考えずに楓は林檎の提案を受け入れてしまった。もっとも、こんな情報をあの変態のストーカーに聞かせる可能性なんて万が一でもないと思っていたのが楓だった。 何かを言って話題を変えようとした時楓の携帯に着信音が鳴った。 「ごめんちょっと電話」と言って横を向いて携帯を取り出した。 林檎だった。今までの不満が爆発した。 「おい、お前、全部知ってたんだな!」 開口一番声を押し殺しながら携帯に向けて文句を言う。そして自分が今女の子を演じてることに気づき、りりかの反応を確認する。 静かにアイスコーヒーのアイスを弄ってるだけでさっきの発言に気にしてない様子だった。 深呼吸して携帯に向き直る。 「あら林檎ちゃん、何の用?」と楓自分も恥ずかしくなるような柔らかい声で言った。 すると携帯の向こうに盛大に吹いたような声が聞こえてきた。 『ぷーっけほっ、くーぅ、くすっ』笑いを堪えてるようだ。 「り、林檎ちゃん?」こめかみあたりの血管が浮き上がり、それでも先と変わらない口調で言う楓。 『あ、ごめんなさい、変な声聞こえたので』 「あら、変な声でごめんなさいな、誰のせいでこうなったのかしら」 『ご、ごめんなさい、調子に乗りました』 「あとできっちりとお仕置きしますからね。で、用事は何だ?」 『うーん、この様子だと、会長の正体はばれたんですね、しかも今もラブラブデート中』 「なっ」 『しー。林檎は困ってる楓さんにいいアイディアを考えてきたの。ほしい?』 「早く言いナサイ」さすがにこういう時は林檎のロボットみたいな口調に疲れてきた。 『今の会長さんはメープルさんの言うことなら何でも聞いちゃうと思います。男の楓さんの境地を考えると、会長さんを手籠めにしたらいろいろと便利かも』 なぬ?!最初は驚いたが考えれば考えるほど林檎の言ったことが正しいと思った。 尾行までしてこの俺に近づこうとしてた彼女だから、願いの一つや二つは聞いてくれるだろ、そしてそれをうまく利用すれば俺ははれて桜南の影番長だ、いいじゃないか、いいじゃないか! 『どう?』 「コホン、ぜ、善処しておくわ」 携帯をしまい、りりかに向き直る。 「ごめん、従妹が様子を聞いてきたの」 「池谷さんかですか?」 「ええ」 「池谷さんと従妹同士なんですか」 「え、ええ」かすかに不安を感じて、コーヒーを飲む。 「そういえば、池谷楓っていう人知ってます?」 「っんぐ、けほっ、ぐっ」虚を突かれてコーヒーでむせ返った。 「だ、大丈夫ですか」席を立ち、楓側に回して楓の背中を撫で下ろす。 楓の胸にはいくつかの思いが混ざりあって、とても言えない気持ちだった。初めて女の子にこんな風に優しくされた感動も爆発寸前だけど、自分の本名が上げられたことでの懸念がもっと切実だ。 「だい、大丈夫です。あの、けほっ、池谷楓って?」 「やっぱり知らないんですか」 自分の席に戻り、嫌なことでも思い出したように憂い顔になる、そしてまた語りだす。 「この池谷楓さんは、町の東にある道場の息子です、天川流って、結構有名な道場でしょう。実は私の実家、池谷家とずっと昔から仲が良くて、私は、ある原因で池谷家の人を嫌ってて、そのせいで学校で池谷楓さんにも嫌な思いをさせたのかもしれません。心には謝ってるけど、やっぱり男子の前では行動がいつも裏目に出てしまって、かえって嫌われた、かもしれません」 なるほど、初めて会った時から自分のことやけに詳しいと思ったわけよ、この前も変に突っかかってきて、ちゃんと理由もあったんだな。その校内放送の呼び出しももしかしたら実は謝りのつもりだったのかもな。にしても会長の家は俺んちと仲良くだったんか、道場の絡まりなのか?帰ったら親父に聞いてみよう。 どこか寂しそうに俯いているりりかを見て、楓はなんだかすがすがしい気分になってきた。今のこの姿を利用して、この子を騙そうなんて考えたことがばかばかしく思えてきた。  「そんな顔しないで。済んだことは仕方ないもの。でも、もしかしたらあの池谷さんが優しい人で、こんなこと全然気にしてないかもしれませんよ」 「そう、ですね。ありがとう」息を吸って元気を出そうと笑って見せた。 こんな健気なりりかもまた可愛らしくて、楓の心臓の鼓動を早くさせた。つい彼はまたりりかと初対面の時のあの感覚を取り戻し、ついぼーっとりりかを眺めてしまう。 楓の熱い視線を気づき、今度はりりかが落ち着かなさそうにあちこち視線を泳がせた。顔が火照り、頭に血が行き過ぎて、指先がしびれ始めた。そして意を決したように、ゆっくりと自分の遊走してる視線を楓の視線に合わせた。 生まれて初めてこんな鮮烈な思いに駆られて、りりかは告白した。

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